9.冒険者ギルド
――ゴブリンとの戦いからおよそ五年後。
革袋を背負ったアルクは、小屋の前でおばあさんに別れを告げていた。
「じゃあ行ってくるから。……体調は、本当に大丈夫なんだね?」
「おかげさまでこの通りさ。もちろん平気だよ。そいじゃあ、すまないけど頼んだよ」
「ああ、任せてくれ」
アルクはゴブリンに勝利したあと、病状が芳しくないおばあさんのために薬草を探し回った。
初めのうちは近くの林を探索していたが、そこで得られる薬草を調合しただけではおばあさんの具合は一向によくならず、より効能が高い薬草を求めて魔獣の森まで出向くようになった。
森にはゴブリンとは比べ物にならないような怪物があちこちにいたが、戦いの中でスキル限界の壁を超えていたアルクは、常識に捉われない修行法と常軌を逸した成長速度によって、わずか一年足らずで森の深層へ足を踏み入れるまでになっていた。
三年目で森の主との激闘の果てに見事勝利を収めたアルクは、そこで神薬の原料とも言われている”魔幻樹の樹液”を入手した。樹液から精製した液体といくつかの薬を調薬しておばあさんに飲ませていくと、不思議なことにそれまでほとんど引くことのなかった痛みが徐々に和らぎ、いくつかの症状も改善の傾向を見せた。
それから二年かけて治療を続けた結果、苦労の甲斐もあり、今ではこうして立って動けるまでに回復したのである。
◇
ボルデスト領ペルト中心部。
そこはかつてアルクが暮らしていた場所だ。
田舎町でありながらもそれなりに活気づいており、行きかう人々の話し声や商人たちの威勢のいい呼び込み声がそこかしこから聞こえてくる。
商店が立ち並ぶ通りを抜けて大通りへ進むと、通りの向かい側にひときわ大きく立派な石造りの建物が見えてくる。
冒険者ギルド、ペルト支部である。
両開きの扉から中に入ると、正面に受付があり、左のほうからは酒に酔った冒険者たちの声や食欲をそそる料理のにおいが漂ってくる。冒険者ギルドは酒場と併設されており、中央と右側がギルドのスペース、左側は酒場のスペースとなっていた。
アルクが正面の受付へ歩いていくと、その姿を見た何人かの冒険者がボソボソと耳打ちを始め、それが波紋するかのように広がっていく。
いつしか騒がしかったはずの室内はしんと静まり返っていた。
アルクが受付の前に着いたとき、その肩に後ろからポンと手が乗せられた。
「よぉ、無能のアルクちゃんがここに何しに来たのかな~?」
振り向くと、そこには精悍な顔つきをした男が薄ら笑いを浮かべて立っていた。