8.小鬼との死闘
「ギギャーッ!!」
叫び声をあげながら勢いよく迫るゴブリンは、大きく振り上げたこぶしをまっすぐに振り下ろしてきた。
アルクは素早く両腕を交差させて顔前に構える。
「ぐっ……」
正面からこぶしを受けたアルクは、ゴブリンの小さく細い身体からは考えられないような怪力に、思わず一歩後ずさってしまう。
打撃を防いだ腕が痺れたものの、そのおかげで意表を突くことには成功したようだった。そこへすかさず放った回し蹴りは、隙だらけとなったゴブリンの左側頭部に命中し、よろめいた小さな身体が右方向へと流れていく。
アルクは左足を強く踏み込むと、体重を乗せた右のこぶしをゴブリンの顔面めがけて思い切り叩き込んだ。
「ギィッ!」
短く悲鳴をあげて後方にふっ飛んだゴブリンは、背中から地面に落ちても勢いが止まらず、更に後ろへ引きずられるようにして転がっていった。
その光景を唖然と眺めていたアルクだったが、気が緩んだことでスキルが切れかかってしまったため、急いでスキルをかけ直していく。
(油断してると、こっちが死ぬな……)
すでに慣れた様子で次々と発動させていくスキルの数は、ゴブリンが起きるまでの短時間で二桁を超え、なおも発動速度を落とすことなく幾重にも積み重ねられていった。
仰向けに倒れていたゴブリンは、顔を押さえながらフラフラと立ち上がった。
怯えた様子で慌てて周囲を見回すと、少し離れた位置に落ちていた棍棒を見つけるなり一目散に飛びついた。
そこでようやく落ち着いたのか、棍棒を両手で握りしめると荒い息を整えていく。
「……オマエ、ゼッタイユルサナイ! イマスグ、コロシテヤル!!」
「ご託はいい。やれるもんなら、やってみろ!」
「グギャァァーッ!!」
安い挑発で激昂したゴブリンは雄たけびをあげて走り出す。
アルクはその姿を冷静に観察しながら、ゴブリンに対して半身に構えると、大きく足を開いて右肘を後ろに引いていった。
(魔力にはだいぶ余裕はあるけど、このままだと集中力が持たないかな。できればこの一撃でカタをつけたいところだけど……)
地を踏み鳴らして荒々しく迫り来るゴブリンが、間合いの一歩手前で棍棒を振り上げたとき、アルクは何重にもスキルで強化した右足を踏み出すと同時に、二十を超えるスキルで固めた鉄拳をゴブリンの腹部めがけて突き出した。
そこからは一瞬の出来事だった。
殴りつけた腕から伝わる――ズンと重く響くような衝撃が全身を駆け抜けた直後、目の前からゴブリンの姿が忽然と消えたのだ。
数瞬後、どこからともなく落ちてきたゴブリンが近くの地面へと落下し、その周囲に血の雨を降らせた。
◇
仰向けの状態で目を見開いたまま倒れ伏したゴブリンへと用心深く近寄ったアルクは、その首元に手を当てて生死を確認する。
「……死んでる、のか」
最初はあれだけの苦戦を強いられたにもかかわらず、最後はあまりにもあっけない幕切れだった。
だが、これは紛れもないアルク自身の手で掴み取った勝利なのだ。
アルクは立ち上がると右手をギュッと握りしめる。
「やった、やったんだ!」
言葉にしてようやく実感が湧いてきた。
とはいえ、喜びをかみしめるのはまだ早いと、アルクは気を引きしめ直す。
まだ、肝心のおばあさんの無事を確認したわけではないのだ、勝利の余韻に浸るのはそれからでもいいだろう。
アルクはおばあさんの待つ小屋へと駆け出した。
その背中は今までの弱弱しい少年のものではなく、たくましく成長した一端の戦士の後ろ姿だった。
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