5.生死の狭間で
――くさいんだよ! 近寄んな、このゴミクズ野郎!!
――ほんと、なんの役にも立たねぇなあ。このカスがっ!!
少年は物心ついたときから、周囲の人々にいじめられていた。
きっかけは貧しくて満足な服すら買えないから、いつも自信がなさそうにしていてどんくさく見えるからなどと、さまざまな要因はあったものの、結局のところは、体のいい不満のはけ口にされていただけだった。
家では父親に暴力を振るわれ、外では悪口だけに留まらず、殴られたり石を投げられることさえ度々あった。
どこにも少年の居場所はなかった。
そして今、唯一自分を一人の人間として認めてくれたおばあさんが、自らが犯した過ちによって、その命を奪われようとしていた。
◇
『お前はこのままで悔しくないのか?』
気づいたとき、アルクは一面が白い光に包まれた広い空間に立っていた。
いつの間にか身体の傷は消えており、痛みもなくなっていた。
声をかけてきたのは、騎士のような出で立ちの若い男性である。
短い金髪に端正な容貌をしている。全身が淡い光に覆われているため、若干ぼやけて見えるものの、自分に対して射るような鋭い視線が注がれているのをアルクは感じた。
「あなたは誰ですか?」
そう尋ねると、わずかな間を置いてから男は答えた。
『……私は、お前自身だ』
回答になっていない答えである。
なんともいえない歯がゆさを感じながらアルクは質問を続ける。
「じゃあ、ここはどこなんですか?」
『今は、そんなことなど、どうでもいい!』
苛立ちを隠さずに男が声を荒げる。
何一つ状況が掴めないことをもどかしく思いながらも、機嫌を損ねた男をこれ以上刺激しないように、アルクは次の言葉を待つことにした。
『いいか坊主、よく聞け。お前は今、生死の境を彷徨っている』
「……生死の境?」
『そうだ。お前は薬草を採りに林に行き、偶然そこにいたゴブリンを小屋の近くまで連れ帰ってしまったんだ』
「……薬草。……ゴブリン」
復唱して単語を呟くと、次第にアルクの頭の中にかかっていたもやが晴れるかのように、記憶が段々とよみがえってくる。
(そうだ。あのときゴブリンに押し倒されて……)
思い出したのは、病床に伏すおばあさんの姿と、残虐な笑みを浮かべるゴブリンの顔だ。
「すぐ戻らないと! おばあさんを助けないと!」
『落ち着け坊主! このまま戻ったところでお前に一体何ができる? あの小汚いゴブリンにむざむざ殺されに行くようなものだぞ』
血が滲むほどに強くこぶしを握りしめ、悔しそうに押し黙るアルクの姿をしげしげと眺めたあと、男は満足気な笑みを浮かべる。
『よし、それでいい。……いいか、理不尽に抗え、惨めに抵抗してみせろ! 痛みを思い出し、反逆の意志を示せ!! 極限の状況に追い込まれてこそ、人はおのれの真の力を発揮するんだ!!』
突然、熱弁を始めた男の叫びに呼応するように、ゴブリンに痛めつけられた身体の痛みが、再びアルクを襲い始める。
苦悶に表情を歪め、激痛に身をよじりながらも、アルクの瞳の奥には爛々と輝く強い反抗の意志が宿っていた。
『さあ、見せてみろ! 運命さえも覆す人の想いの力を! 立ちはだかるすべての者共に思い知らせてやれ!!』