43.反転攻勢
小さな悪魔が地面すれすれを滑空するようにして跳び出す。
振りかぶった三叉槍の先端が、黒い軌跡を描いて襲いかかる。
「ラアァァァ!!」
着地と同時に下を向いた穂先を斜めに斬り上げ、すぐさま皮翼を使って飛ぶことで、味方につけた重力と悪魔の膂力でもって強引に槍を振り下ろす。
それは、小柄な身体と大きな翼を活かした、この悪魔特有の戦い方なのだろう。
一撃一撃が決定打を狙って振るわれる槍の後隙を、種族特性を駆使してなくしているのだ。
この悪魔の猛攻に対して、アルクは無理に反撃に出ようとはせず、迫る穂先から大きく逃れるような動きで攻撃を回避していく。
「どうしたどうしたァ?! そんな及び腰になって、まさかビビッちまったんじゃねえだろうなァァ」
口角を吊り上げてこれ見よがしに得物を振り回していた悪魔だが、振るえど振るえど掠りもしない槍に、苛立ちから声をあげる。
「チッ、ちょこまかちょこまかと! そうやって時間をかけるほど、不利になんのは自分だってのがわかんねぇのかァ!?」
小さな悪魔が呟いてほどなく、果敢に攻め立てる悪魔の後方から、巨大な丸い球体が夜空高くに打ち上げられた。
それは、無数の触手を束ねて形成された鉄球を思わせる触手と瘴気の塊だ。
触手を上空に伸ばした不定形の悪魔は、触手とともに細く伸びた自身の身体に捻じりを加えて振り動かすことで、連接棍の要領で勢いをつけながら巨大な球体をアルクに向けて落下させる。
当然そんな大技をむざむざ食らうアルクではない。
乱立する巨岩に追い詰め退路を塞ごうとする三叉槍を躱しつつ、球体が直撃する寸前で横跳びに回避した。
背後で鳴り響く破砕音も気に留めず、前方に迫る小さな悪魔を迎え撃とうと身構えるアルク。
だが、その背後で飛び散る石片の隙間を縫うようにして、細剣による鋭い突きが放たれた。それは、漆黒の羽に身を包んだ鳥の悪魔が繰り出す一突きである。
「これで終わりで――ぐぁッ!」
しかし、その切っ先がアルクに届くことはなかった。
すでに振り抜かれていた右手の裏拳が石片の一つを打ち、飛礫と化して鳥の悪魔の手首を打ち据えていたからである。
弾かれ、くるりと宙を舞う細剣を頭上で掴み取ったアルクは、そのまま三叉槍を薙ぎ払ったばかりの悪魔に向けて振り下ろした。
悪魔の額から脇の下へと走り抜けた細剣の刃がポキリと折れる。
「……ア」
抵抗もできずに切り裂かれ、血しぶきを上げる小さな悪魔へ急速に接近したアルクは、その手の甲に自ら発生させた爆風を当てて推進力としながら悪魔の頭部を掴み上げると、勢いのまま真下の地面へと叩きつけた。
「ガヒュッ!?」
地面に顔をめり込ませて間抜けな悲鳴をあげた悪魔は、しばらくピクピクと痙攣していたが、やがて動きを止め、黒い泥となって溶けていった。
「まずは一匹」
「……おのれ、なぜ我々の能力がわかった。それにその右腕もなぜ――」
うろたえる鳥の悪魔をにらみ据えたアルクは、雷と風を身に帯びてさせてこぶしを構える。
「残念だけど、君らのやり口は昔から知っているんだよ。ご託はいいから、さっさとかかってくるんだな」




