42.下級悪魔
空間の狭間より湧き出てきた下級悪魔たちは、泥状の魔力で形成された肉体の具合を確かめるように軽く動かしてからアルクに目を向ける。
「ケケッ。オゥ……こりゃまたウマソウな魔力の人間だ。主さまァ! コイツはオレさまが食っちまってもイイんですかい?!」
最初に声を上げたのは、人型で身体の倍ほどもある皮翼を有し、額に小さな角のような出っ張りがある小人族に似た見た目の悪魔だ。手には穂先が三つに分かれた三叉槍と呼ばれる長槍を持っている。
その小さな悪魔を肩に乗せているのは、淡灰色の肌にサイクロプスのような容姿をした巨人の悪魔である。
「ええ、もちろんですよ。それは戦いに勝った者の当然の権利ですから」
「おやおや、妙な言い回しですねェ。我らが人間相手に後れを取るとでも?」
「ふふ、まさか。あなた方のことは信頼しておりますよ」
彼らが主と仰ぐ男にそう指摘をしたのは、猛禽類と人族を足して二で割ったような風貌の悪魔だ。腰には細剣が吊られている。
鳥型の悪魔の隣には、顔全体に複眼がありシャドウウルフの特徴であるもやがかった体つきをした四足獣の悪魔と、タコやイカのような頭足類が持つ無数の触手を身体中に生やした軟体生物型の悪魔がいる。
いずれの悪魔からも迷宮の深層にいる階層主と同等の魔力がひしひしと伝ってきており、化け物と称して過言でないほどの曲者揃いであることがわかる。だが、この恐るべき悪魔たちを前にしても、当のアルクは至って冷静に悪魔という相手を分析していた。
(悪魔って言うのは、まるで人族や亜人、それに動物や魔物と、あらゆる生き物の特徴を、なんの規則性もなくごちゃ混ぜにかけ合わせたような見た目をしているんだな。……こうして実際に見てみると、あのときイネスが説明してくれた『この世界での活動に制限がある』って言葉の意味がわかる気がするな)
先刻、兵士が襲われた話を宿でしていたとき、悪魔という存在についても話題に及んでいた。
そのときのことを思い出し、アルクは目の前で強烈な威圧感を与えてくるこの悪魔という存在に対して、”弱い生き物”だという感想を抱いたのだ。
アルクのその見立てはおおむね正しい。
複数の生物の性質を持っているというのは、よく言えば合わさった生物それぞれの特徴を引き出せるとも取れるが、その分多くの弱点があるということに他ならない。
加えて、無理やり別種の生物の部位を繋ぎ合わせているということもある。
生き物として歪な形をしているため、生命活動を維持することもままならず、生きるために絶えず魔力を消費し続ける必要があった。
(戦いになる前に、この瘴気とやらをどうにかしなくちゃならんな)
アルクは魔力を身体に循環するときの要領で、傷口の近くで止めていた魔力を毒素ごと一か所にまとめる。その周囲を周りから集めた魔力の壁で覆い、壁の内側で操作の効く魔力を等間隔に広げると、魔力放出の応用で不純物とともに少しずつ体外に排出していった。
「それじゃあ、あんた。オレらのために死んでくだせェェ!」
小さな悪魔の指示に従って、巨人の悪魔が動いた。
踏み出す一歩一歩で地響きを立てながら、巨体に似合わぬ俊敏な動きでグイっと身の捻りを加えつつ、引き絞った右こぶしを突き出す。
派手な土煙が上がる中、余裕をもってこぶしを躱したアルクは跳び上がりざまに巨体の肩に座る小さな悪魔の顔面を左手で鷲掴みにすると、落下の勢いも利用して悪魔の頭部を地面に叩きつけた。
「ギャアアアァァァ――ッ!!!」
大量の血を撒き散らして悲鳴をあげる悪魔に追撃を加えようとするも、横合いから迫る刺突を横目にしたアルクは素早く身を退く。
眼前に繰り出された剣先は黒い魔力粒子を帯びていた。
「何を油断しているのです? 我らがなぜ呼び出されたのか、その意味をよくよく考えなさい」
「痛っでェー! 殺スッ、殺シテヤル――!」
小さな悪魔が三叉槍を頭上で振り回せば、そこに濃縮された魔力粒子が纏われていく。
「一撃入れたくらいで調子に乗ってんじゃねぇぞォォ!! 人間ごときがどう足掻いたとて、悪魔には敵わないと知れェ!!」
斜めに振り抜かれた三叉槍により起きた旋風が、地面を大きく抉り飛ばした。
お待たせしました。
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次話は明日か明後日に投稿します。




