41.悪魔の襲撃者
アルクは頭上に迫った狂爪を振り向きざまに右腕で受け止める。
スキルで強化した表皮を貫いて深く食い込む鋭爪に顔をしかめるも、怯むことなく左足で襲撃者の腹部を蹴り込んだ。
「ガギャッ!」
「くっ、これは……!?」
なんとか襲撃者との距離を引き離したアルクは、力なく垂れ下がる自分の右腕に目をやる。
爪が食い込んでいた箇所が薄黒く変色しており、その傷口からは黒い魔力粒子が漏れ出していた。
「アルクさま、それは瘴気でございますよ」
「瘴気……だと」
枯木のそばで悠々と佇む男が口にした瘴気という単語。
今まで耳にしたこともない言葉のはずだが、アルクは不思議と聞き覚えがあるような感覚を受けていた。
男はうなずくと、アルクと対峙している襲撃者のほうへ視線を向ける。
「ええそうです。何しろ彼は、私が使役する下級悪魔の一人なのですから、瘴気も扱えて当然というわけです」
「使役した悪魔?」
改めて襲撃者の姿を確認してみれば、二本の角がある山羊の頭に人型の身体からは蝙蝠のような翼が生えている。
悪魔と呼んでも差し支えない容姿であった。
黒い礼装に身を包んだ悪魔は、アルクと目が合うと慎ましく一礼した。
「左様でございます。ワタクシは我が主の所有物であり、主の命によりアナタさまに奇襲を仕掛けさせていただきました。先程の反応は実に見事でございました」
「……ふうん。で、結局君たちの目的はなんなんだ?」
「私がラーヴェンに滞在していた理由は、リヒト迷宮内でコソコソと動き回っていた魔人どもが何をしているのかを明らかにするためです。今回アルクさまにお会いしたのは、そのリヒト迷宮を打破したのがどのような人物かを見定めるためとでも言いましょうか」
「ははあ、そういうことか。それで、確かめた結果はどうだったんだ?」
「アルクさまの実力は申し分ないものでした。ところでどうでしょう? 我々の側に……いえ、私の下につくつもりはありまんせんか?」
「君の下に?」
ええ、と一つうなずき、男は両腕を広げて見せる。
「この国……より正確に言うならば、あなた方人族の支配地域には我が同胞が多数潜伏しております。そして、そう遠くないうちに人族の天下は終わりを迎えることとなるでしょう。悪いようにはしませんし、私の下につくのであればそれなりの待遇も約束しましょう。こちら側についておいて損はないと思いますよ」
「仲間にならないと言ったらどうするつもりなんだ?」
アルクの問いに、男の視線が刺すような冷たいものへと変わる。
「それならば仕方ありません。私個人としては、才気ある若者を実る前に殺してしまうのは惜しいと感じるのですが、我々にとって邪魔になり得るようであれば、排除するほかないでしょうね」
「なら、オレとしても戦う以外に選択肢はなさそうだな」
顔を伏せて心底残念そうに深いため息をついた男は、パチンと指を鳴らす。
「それがアルクさまのご回答でございますか。…………非常に心苦しくはありますが、アルクさまにはここで退場していただくとしましょう」
男の周囲の空間がグニャリと歪んだかと思うと、ドロリとした黒い液体がどこからともなく湧き出てきた。
闇の中にあってなお目立つ泥とでも形容すべき濁った液体は、まるで意思を持つかのようにグジュグジュと音を立てて蠢きながら隆起していき、やがて何かの輪郭を形作っていく。
高く盛り上がった泥の柱は五つ。それらの頭部らしき丸みを帯びた部位の中央に浮かび上がる二対の光が、それらが生物であることを表していた。
泥のような生物たちは身体を膨らませるように左右に広がると、一部が裂けてそれらが手足のような形で固定される。
動くのを確かめるように腕や手と思わしき部分を何度も曲げたり、振ったりを繰り返していた生物たちは、ややしてアルクのほうへと向き直した。
「彼らも私の配下である下級悪魔たちです。さあアルクさま、彼らとあなたさまの生死を賭した舞踏でもって、私に甘美な愉悦を味わわせてくださいませ」




