40.対峙
「これはこれはアルクさま、奇遇でございますね。このような夜分にお会いするとは…………いかがなされました?」
右胸に手を当てて恭しく一礼したのは、冒険者ギルドでリヒト迷宮の通行許可証発行の手続きをしてくれた男性職員だ。
終始穏やかな笑みを浮かべているのもあって温厚そうな人柄にも思えるが、先程イネスが魔法を使って気配を完全に消したとき、彼から感じていた魔力がわずかに乱れたのをアルクは見逃さなかった。
「白々しいな、何か用があるんじゃないのか?」
「おやおや、つれないお方ですね。ですがまあ、アルクさまのおっしゃる通り、私はあなたにお聞きしたいことがあって参りました」
「聞きたいことかい?」
「ええ。ですがその前に、気になることが一つ」
男は微笑を浮かべたままスーッと目を細める。
「お連れの方々がおられないようですが、どちらへ行かれたものかと思いまして」
「……なんの話だ?」
「おや、先程の意趣返しといったところでしょうか。いえ失礼、これまた偶然と言いますか、お連れの方々とラーヴェンを出られるところを拝見したもので」
その言葉にアルクは警戒を一段と強くする。
男はアルクたちがラーヴェンを出たところを見かけたのだと言ったが、見通しのいい外壁付近でアルクやイネスが自分たちの姿を判別される距離まで接近を許したとは考えにくい。
仮に男の言葉通り、姿を見られていたとするならば、男は意図的にアルクたちの索敵網を潜り抜け、イネスの認識阻害の魔法を気づかれることなく破ったということになる。
どちらにしても、目の前の男は決して油断していいような相手ではないのは確かだった。
「オレは一人でここまで来たはずなんだが……人違いじゃないかな?」
「そうですか。まあ、そういうことにしておきましょう」
意外なほどあっさりと諦めた男は、仕方ないとばかりに両手を上げて肩をすくめて見せた。
「で、さっき言っていた聞きたいことというのはなんだ?」
「はい。お尋ねしたいことというのはですね」
男はそこで一度言葉を切って顔を伏せると、今話していた男と同じ人間には思えないほど冷たく鋭い視線を向けてきた。
「アルクさま、あなたがリヒト迷宮を打破し、迷宮の核を破壊されたご本人でございますね?」
「それは」
「隠し立てされる必要はございませんよ。我々は優秀な”目”を持っておりますから。私が目をかけていた人間は何人かいましたが、彼らは残念ながら期待外れでした。ですが、どうやらあなたは彼らとは違うようです。……こうして直にお会いしてみて、すぐにわかりましたよ」
ここまで確信をもって言われては言い逃れもできないだろうと、アルクは覚悟を決めて正面から向き合う。
「そうだ。オレがリヒト迷宮を打破して、そこの迷宮の核を壊した」
「ええ、ええ! そうでしょうとも! ああ、こうしてアルクさまご自身の口からお聞きできてよかった!! あなたにお会いできたのは運命だったのです!!」
満面に喜色を浮かべ、歓喜に打ち震える男の姿は異様な不気味さを醸し出していた。
反射的に一歩飛び退いてこぶしを構えるアルクに、男はゆったりとした動作で腰の短剣を抜く。月光に反射する短剣の刃は怪しい輝きを湛えている。
「もはや迷宮の最奥から連れ出されたのが何者かなどという些事は、どうでもよろしい! さあ、私に見せてください。あなたという人間の命の輝きをッ!!」
間合いが近づくにつれて緊張が高まっていき、相手の一挙一動も見逃さぬよう、アルクの注意が目の前の男へと向いた瞬間、アルクの背後から夜の闇を引き裂くように猛獣のごとき狂爪が振り下ろされた。
次話は週末更新します。




