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39.待ち人

 「ふーん。何かに襲われた、ね。まあでも、迷宮の魔物が外に出たとは考えにくいのよねえ」

 「そうなのか?」


 食事を終えたアルクたちは二階の与えられた個室に戻り、くつろいでいた。

 ちなみに食べ過ぎで腹痛を起こしたカイは、部屋の隅で身を丸めている。

 リヒト迷宮付近で兵士が襲われたという話をアルクから聞いたイネスは、あごに手を当てて考え込む。


 「だって、わたしを閉じ込めておくために魔人族が選んだ迷宮なのに、迷宮の外に抜け出せるような欠陥があるわけないでしょ?」

 「確かにな。だとするとイネスは今回の事件は何が原因なんだと思う?」

 「それがわかれば苦労しないわね。一つ言えるとすれば、今回の一件に魔人族が絡んでいる線は薄いってことくらいかしら」


 そのあとも二人で意見を交わしたものの、いかんせん情報不足ということもあり、結論は出ないままとなった。

 とはいえ、このままこの町で一夜を越すのは危険だろうとの考えは一致していたため、ひとまずはリヒト迷宮方面の道を避ける形でラーヴェンを離れることにした。



 ◇



 深夜、人々が寝静まるのを待ってから宿を出た。

 アルク、イネス、カイの三人は夜の帳に紛れるように闇色の外套を身に纏い、閑散とした町中を星と月の明かりを頼りに歩いていく。

 目的地である地下通路に潜入すると、町に入ったときと同様に魔法で見張りの目を潜り抜けて、外壁の向こう側へと抜け出した。


 おばあさんの家があるボルデスト領へ行くには、リヒト迷宮から西側に位置する街道を道なりに進むのが一番早いが、それでは迷宮との距離が近過ぎるだろう。

 アルクたちは途中で街道を右手に迂回して、丘陵や渓谷からなる岩石地帯へと足を踏み入れた。

 大きな岩などがそこかしこにあって身を隠せる場所はかなり多いが、見晴らしのいいところを通って行けば、少なくとも奇襲に合うことはないはずだ。




 岩石地帯を進んでしばらくしたところでアルクとイネスは足を止めた。

 不思議そうに二人を見やるカイを手で制したイネスは、遠方の窪地にある枯木を指差した。


 「あの木の下ね。ご丁寧にわたしたちが来るのを待っているみたいよ」

 「はあ、わざわざ遠回りしてまでこっち周りにしたってのにな。勘弁してもらいたいもんだ」

 「んー、あっちに木なんかあんのか? 姉ちゃんもあんちゃんもよく見えんなぁ」


 暗闇の向こうを見ようとカイが目を細める。


 「イネスなら魔法で気配を消せるだろ? カイを連れて、できるだけ遠くに行っててくれないかな?」

 「あなたもわたしもこの距離まで気づけなかったってことは、相手はかなりの手練れなはずよ。一人だと万が一があるわ」

 「それでもだ。せっかく自由になれたカイを危険な目に合わせたくはない。それに君ならカイを退避させたとしても、すぐ駆けつけてくれるだろ?」


 イネスは物言いた気な視線を送っていたが、アルクから厚い信頼を寄せられて戸惑いながらも口をつぐんだ。


 「わかったわ。気をつけて」

 「ああ、イネスたちも」


 二人と分かれたアルクは、なだらかな傾斜を下って窪地へと向かっていった。

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