4.悪辣な小鬼
――コブリン。
それはほとんどの冒険者が、一番初めに戦う魔物である。
初心者向きの魔物とはいえ、スキルを使わない状態の成人男性よりも力が強く、多少の知能も有している。
何かしらの戦闘系スキルがなければ勝てない相手とされており、〈身体強化(小)〉レベルの者が武器を所持して、ようやく戦いになる強さと言われている。
◇
「どうして、こんなところにゴブリンが……」
武器としては心許ない農業用の鍬を両手に構えて、アルクはひとりごちた。
本来であれば、人の行き来が多い街の周辺には、ある程度の知性を持つ魔物は近寄ろうとしないはずなのだ。
それが今、こうして目の前にいる。
一つの推測に思い至ったアルクは、たちまち顔を青ざめさせた。
(あとをつけられたのか!)
薬草探しに夢中になっていて、気配に気づかなかった可能性は十分にあった。
そうだとすれば、アルク自身がおばあさんを危険にさらしてしまったことになる。
ギリッと歯を噛んで、ちらりと後ろの小屋を見た。
(なんにしても、こいつをこのまま野放しにはできない)
一度目をつむり、スゥッと息を吸い込むと、雄たけびをあげながらアルクは走り出した。
「うおおぉぉ! いくぞぉゴブリンっ!!」
◇
結果は惨敗だった。
勝負にすらならないとは、まさにこのことだろう。
振り下ろした鍬はゴブリンの振るった棍棒に弾かれ、体勢を崩したアルクの顔面に小さな緑色のこぶしが叩き込まれた。
そこから先は一方的な展開となった。
棍棒を放り捨てて飛びかかってきたゴブリンは、アルクの上で馬乗りになると、両のこぶしで滅多打ちに殴りかかってきたのだ。
当然、アルクも抵抗はしたものの、〈身体強化(極小)〉で得られる膂力では、コブリンを押しのけることさえできなかった。
「……く、そ」
瀕死の重傷を負いながらも、かろうじて意識を保っていたアルクは、なぜか自分を放置して立ち上がるゴブリンの背中をにらみつけた。
立ち上がったゴブリンはわざとらしく鼻を鳴らしてみせると、アルクに聞こえるような声量で呟いた。
「ギギィ。アッチニ、ニンゲンノニオイ、スル」
小屋に向かって歩き始めたゴブリンを見て、動かぬ身体に鞭を打ち、無理にでも起き上がろうと腕に力を込めながらアルクが叫ぶ。
「や、やめろぉぉ!!」
その途端、大量の血が口から溢れ出した。
力が抜けてベシャッと血だまりに顔をつけたアルクに視線を向けて、醜悪な顔をより一層醜く歪めたゴブリンが下卑た笑い声をあげる。
「ギャッギャッギャッ! オマエモスグニ、コロシテヤル」