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38.不穏な気配

 リヒト迷宮の入り口が衛兵隊によって占拠されたころ、アルクとイネスは新たに仲間に加わった獣人の少年カイの案内に従って、第六階層にある遺跡の一つを目指して移動していた。


 カイが元いた冒険者のパーティーは、奴隷を扱うだけあって非合法の闇取引にも手を出していたらしい。

 おかげで同じパーティメンバーだったカイは、冒険者ギルドや一般の冒険者には知られていない、秘密裏に迷宮を出ることができる転移魔法陣の存在を知っていたというわけだ。




 一行がリヒト迷宮を脱出したときにはすでに日が暮れ始めており、辺りは夕景に包まれていた。

 魔法陣による転移先は、迷宮がある小山から北側に位置する草原の端であり、迷宮方面からの喧騒が聞こえる程度には近い距離のようである。


 転移後、周辺の状況を把握するために魔力反応を探っていたアルクは、迷宮を挟んだ反対側に多数の人間らしき魔力が動いているのを確認した。

 イネスも同様の魔力反応に気づいたようで、視線を交えてコクリとうなずき合う。


 「どうやら、迷宮を打破したあなたを探している人たちがいるみたいね。これからどうするかは考えているの?」

 「まあ一応はな。とはいっても、想定していたよもだいぶ大事になっているみたいだしな。……とりあえず今日のところは、一度ラーヴェンという人族の町に入って身を隠そうと思う。イネスもカイ君もそれでいいかな?」

 「ええ」

 「オイラも構わないぜ」



 ◇



 アルクたちは草原で軽く休憩を取ってからラーヴェンに向かった。

 ここでもカイの知識が役に立つこととなる。

 ラーヴェン西側の外壁付近には、裏取引を行う商人が密輸などで使用する地下通路があるらしく、そこを利用することにしたのだ。


 草木に覆われた隠し扉から侵入して階段を下っていく。

 階段の先の通路にはいくつか見張りが立っている場所があったが、イネスの〈深淵魔法〉で気絶させれば簡単に進むことができた。


 無事、ラーヴェンへと辿り着いたアルクたちは、町の外れの酒場を兼業している店で宿を取って食事をしていた。

 小さな店ではあるが客の入りはいいようで、アルクたちが食事を始めてすぐに満席となった。


 「おいっ、本当にいいのか! これ全部食べてもいいんだよなあ?!」


 テーブルに並んだ大量の料理を見て、半開きの口からよだれを垂らしたカイが興奮気味に尋ねてくる。

 我が子を見守るような眼差しの二人に促され、カイは大皿に乗せられた焼けたばかりの骨肉を素手で掴んでかぶりつく。あまりの熱さに悲鳴をあげながら感激の涙を流す異様な姿も、周りの酔っぱらいたちの狂騒に掻き消されて目立たなかったのは幸か不幸か。

 ともかく、誰に咎められることもなく、今までの人生で一番温かみのある食事を心行くまで堪能したカイは、腹を膨らませてあまりの痛みにテーブルに突っ伏すことになるのは少し先の話である。


 そんなこんなで食事を楽しんでいたアルクは、隣の席から聞こえてくる会話に気になる単語が出てきたため、そっと耳を傾けていた。


 「今の話……本当か? ダニロっていやぁ、確か元Bランク冒険者で腕利きの兵士じゃなかったか?」

 「間違いないだろ、あんだけ兵士たちが騒いでりゃあただ事じゃないんだからな。リヒト迷宮近くの森で、全身を切り刻まれて発見されたらしい」

 「切り刻まれて、か。そうすると恨みを持つ誰かに襲われたのか?」

 「いや、無数の爪痕があったって話だから、もしかすると迷宮から強力な魔物でも出てきたんじゃないか?」

 「そうか、まああるかもしれんなあ。なんせ、打破された影響で異変が起きていた迷宮らしいしな。お前も気をつけたほうがいいんじゃないか?」

 「はっ。わざわざ崩壊した迷宮の近くなんかに行くかよ」

 「そりゃそうか。違げえねぇ」

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