37.暗躍する者
リヒト迷宮入り口前の広場には大勢の人々が集められていた。
新たに大穴から出てきた冒険者はみな一列に並ばされて、普段は見かけることのない恰好をした兵士らから何やら取り調べを受けていた。
彼らは何者かを探しているらしく、行きかう兵士らからは時折怒号にも似た声が聞こえてくる。
その様子を少し離れた場所から眺めているのは、本来であれば検問所の警備を務めているはずの警備主任ダニロである。
迷宮に異変が発生したという一報を送ってすぐにやってきたのが、彼らラーヴェン領主直轄の衛兵隊だった。
通常、迷宮内での魔物の異常発生や崩落現象などの異変が起きた場合は、常駐している兵士たちでも簡単な聴取は行うものの、それはあくまで形式的なものであり、調査や討伐などで本格的に動くのは冒険者ギルドの役割であるはずだ。
ところが、突如現れた領兵たちは検問所を訪れるなり、中にいたダニロたち警備の兵士をにべもなく追い払ったかと思うと、大穴の周辺を陣取ってしまったのだ。
異議を唱えようにも取りつく島もないとなれば、ほとんど権限を持たない警備兵らにはどうしようもなかった。
こうして手持ち無沙汰となってしまったダニロではあるが、一応問題が起きた場合に備えて動向を見守っているというわけである。
ちらほらと漏れ伝わってくる話を聞く限り、今回の異変の原因はどうやら迷宮の核が壊された影響によるものだということだ。
にもかかわらず、迷宮の核を破壊したと思わしき冒険者は未だに名乗り出てはいないらしい。
おかしな話ではないだろうか。
迷宮の核にはなるべく近寄らないようにとのお触れは出ているものの、そもそも迷宮の核を破壊してはならないという法は存在しない。
これは不確定な要素が多い迷宮内で何かしら問題が発生した場合に、どうしても迷宮の核を壊さなければならない状況に陥るということがあり得るからだ。
非常に稀ではあるが、過去にいくつか実例もある。
ただ、普通の冒険者であれば、わざわざ好き好んで迷宮の核を壊すようなことはない。当然の話だが、自分たちの稼ぎが減ることにも繋がるからだ。
それと合わせて、ラーヴェンで探索許可証を発行するさいの規約にもある通り、故意に迷宮の核を壊したことが判明すれば、冒険者資格の剥奪や厳しい処分が課せられることになるだろう。
余程の間抜けでない限り、そのような愚行に出るとも考えにくい。
確かに平常とは言い難い状況ではある。
だからといって、今回のように迷宮内で発生した問題に領兵が直接干渉してくること自体が、異様なことであるのもまた事実であった。
「ったく、ずいぶんときな臭いことになってるじゃないか。お偉方は何を考えているのやら」
と、そんなぼやきを漏らした直後だった。
兵士とは明らかに違う身なりをした優男が、衛兵隊の隊長らしき人物に近づいていって親し気に話し始めたのだ。
こんなときに何をと思ったダニロだったが、見覚えのある顔に思わず固まった。
(あいつ……ローレンスじゃないか。どうしてこんなとこに)
リヒト迷宮以外でも長年検問所の警備を務めてきたダニロではあるが、その中でも特に印象に残った冒険者というのは何人かいる。
そのうちの一人であるローレンスは、元Aランク冒険者で現在はラーヴェンの冒険者ギルドで職員として働いているという話は風の便りで聞いていた。
冒険者として現役だったころは、寡黙で目立つことを好まない性格だったが、引き受けた依頼はきっちりこなす職人気質の冒険者であった。
だが、今衛兵隊の隊長と和やかに話している彼の姿は、当時の印象とは似ても似つかないものだった。
少しして話を終えたらしいローレンスは、後ろの領兵たちのほうへ振り向くとパンパンと手を叩き、告げる。
「さあ衛兵隊のみなさん。リヒト迷宮周辺での調査はいったん終了です。各自持ち場に戻って警戒を続けてください」
役目を終えて広場を立ち去ろうとするローレンスに、仕事に戻るために検問所へ向かっていたダニロが声をかけた。
「やあ、ローレンスで合ってるよな? ずいぶん堂々としていて見違えたぞ」
「……これはどうも。久方ぶりの旧交を温めたいところではありますが、見ての通りあいにく忙しい身でして。実は私はラーヴェンの冒険者ギルドで働いているので、機会があればぜひお立ち寄り――」
「あんたローレンスじゃないだろ。一体何者だ?」
その瞬間、まるで仮面が剥がれ落ちるように、ローレンスの顔から表情が消えた。




