35.鎖と刻印
思ったよりも長くなってしまったので、本日は2話投稿。
――よし、いい子だ。いいか、母さんとここで待ってるんだぞ。
――ごめんなさい、ごめんなさい。……でも、あなたまで失うわけにはいかないの。だからお願い、生きて! 私たちの分まで!!
物心ついたころから、少年は冷たい鉄の鎖に繋がれていた。
自分を世話する大きく太った男に怒鳴られることも、具がほとんど入っていない粥に近い質素な食事に不満を持ったこともなかったし、それが当たり前だとさえ思っていた。
ただ一つ気にかかることがあるとすれば、幼いときから今も耳に残るあの声の主は一体誰なのだろうかという疑問だけであった。
それから少しときが経ち、成長した少年は周囲で自分と同じように囚われている子どもとの違いを肌で感じるようになっていた。
浴びせられる罵声や”獣”と吐き捨てて殴りつけてくる――昨日まで友だちだとさえ思っていた人間の子どものこぶしによって、少年は否応なく種族の違いという現実を突きつけられた。
自分という存在は異端であり、人族が形成する社会において鼻つまみ者なのだと知らしめられたのだ。
そんな苦境であっても少年が挫けなかったのは、目を閉じればいつでも励ましてくれる”あの声”のおかげだった。
生きてくれと、ただひたすらに訴えてくる彼らの声だけを支えに立っていた。
誰とも知れぬ……けれど伝わってくる、少年を大切に想う彼らの願いに応えられるよう、強くあろうとし続けたのだ。
◇
ときは流れ、ある冒険者のパーティーに買われた少年は、たまたま立ち寄った迷宮の異変に出くわし、現れた大量の魔物を引きつける役割を押しつけられる破目となった。
幸いにも、そこに偶然居合わせたという別の冒険者たちのおかげで窮地を脱したと思ったのも束の間、助けてくれた冒険者の一人から予想だにしない提案を持ちかけられることになる。
「ところでカイ君、どうだろう? もしよければオレたちと一緒に来ないか?」
ろくな身なりもしていない自分の身を案じて、優しく声をかけてくれた青年に、決して悪い印象を抱いたわけではなかった。
……ただ、そう。
少年は人間というものを信じられなかったのだ。
「いやー、マジでありがたい話なんだけどさ、やっぱ遠慮しとくよ」
少年の周りにいた人間はみな同じだった。
自分の利益になりそうな人にはにこにこと媚びへつらい、役に立たないあるいは自分のほうが立場が上だとわかるや否や態度を急変させるのを、その目で何度も見てきたのだ。
思い悩みながらも断わりを入れる少年に対し、それまで言葉少なに様子を見守っていた白銀の髪の少女が、少年を見据えて話し始める。
そうして少女が語った内容は、閉ざしていた少年の心を揺さぶるのに充分なものであった。
『わたしもあなたと”同じ”だった』
『わたしは魔人であり、それも同族にさえ嫌われている忌み子。たぶん迷宮の外に出ても、故郷には帰れないし、人族の世界にも馴染めないと思うわ』
目の前の少女と自分を重ねずにはいられなかった。
同じように迫害されてきた過去。仲間だと思っていた人々に裏切られた経験。
やがて少女は、隣に立つ青年が希望の光なのだと言った。
それは彼女自身にとってでもあるし、同じ過去を持つ少年にとっても同じなのだと。
改めて青年に視線を向けるうちに自然と涙が溢れてきていた。
それはほんの小さな淡い希望でしかないのかもしれない。これまでと同じようにまた裏切りに合うのかもしれない。――けれど、仮にそうであったとしても、ようやく巡ってきたこの機会を目の前にして期待を抱かずにはいられなかったのだ。
だからこそ、いくつもの疑問が湧いてくる。
信じたい気持ちと不安がせめぎ合って、ポツリポツリといらぬ言葉が口からこぼれてきてしまう。
そんな少年に嫌がる素振りも見せず、責めるわけでもなく、ただ静かに見守っていてくれた青年は、隣の少女にあることができないかと尋ねた。
少年にとっては理解し難いそれを、少女はこともなげに「任せて」と了承する。
そして、少女に手を向けられた少年が痛みを覚えた肩のほうへと目をやれば、そこにあるはずの”奴隷紋”がなくなっていた。
これまで少年を縛っていたあの忌々しい刻印は消え去ったのだ。




