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33.獣人の少年

 「オイラはカイってんだ。ホント助かったよ、あんがとな!」


 獣人の少年は照れくさそうに鼻をこすって言った。


 (この少年は確か、ラーヴェンに入る馬車から見えた……あの子か!)


 アルクは腑に落ちたとばかりに笑みを浮かべ、少年に手を差し出した。


 「いやいや、さっきのはたまたま魔物がいるところに居合わせただけだから、礼には及ばないよ。オレはアルクで、彼女はイネスだ。……ところでカイ君、どうだろう? もしよければオレたちと一緒に来ないか?」

 「……あんちゃんたちとか? いやー、でもなぁ」

 「イネスはいいかい?」


 ためらいを見せるカイの様子に、アルクはイネスに話を振った。

 まだ人に会うのが慣れていないためか、少し離れて静観していたイネスは渋々といった感じでうなずく。


 「仕方ないわね……。あなたが言うからには、きっと必要なことなのでしょ?」

 「気を遣わせてすまないな。そういうわけでカイ君、迷宮から出る間だけでもどうかな?」


 カイは腕を組んで「うーん」とひとしきり唸ったあと、首を横に振った。


 「いやー、マジでありがたい話なんだけどさ、やっぱ遠慮しとくよ」

 「……それはなぜか、理由を聞いてもいいかい?」

 「まあ、あんちゃんは助けてくれたし、いい人そうだから話すけどさ。ほら見ろよ、実はオイラは奴隷なんだぜ。へっ、もうわかるだろ? ……だからさ、もういい加減いいように使われるだけなんて懲り懲りなんだよ」


 服を肩からずらして、カイが見せつけたのは奴隷紋と言われる刻印である。

 奴隷紋を見せたとき、先程までの快活な少年の姿は消え失せていた。そこにいるのは、何もかも失い道端にたむろする人々と同じように、生気を失った目をした一人の奴隷であった。


 アルクは表には出さなかったが、ふつふつと湧き上がる怒りでこぶしに力が入り、滲んだ血が滴り落ちていた。

 イネスもどこか思うところがあるのか、先程とは違った種類の視線を向けている。


 「あなたの名前……カイ、だったわよね?」

 「おうよ。で、なんだい姉ちゃん?」

 「それならアルクに頼るといいわ。きっと助けてくれるから」


 イネスのその発言は、アルクにとって意外なものだった。

 カイと同行する話を持ちかけたときから、好意的に受け入れてはくれないだろうと覚悟はしていたのだが、まさか逆にイネスから説得してくれるとは思っていなかったのだ。いや、似たような境遇に身を置いていた彼女だからこそ、感じる部分があるのかもしれない。


 「なんで姉ちゃんがそんなこと――」

 「だって、わたしもあなたと”同じ”だったもの。……アルクが助けてくれなかったら、きっとわたしは囚われたままだった。」

 「同じ?」

 「そう、同じよ。わたしはね、故郷で同族のみんなから迫害を受け、生みの親にも見捨てられて、この迷宮の中にずっと閉じ込められていたの。……いつからかは忘れてしまったけれど、何年、何十年、もしかしたらそれよりも長い間、わたしは一人きりだった。アルクが来なければ、きっとそのまま孤独にひっそりと死を迎えていたのだと思う」

 「そんな話が信じられるわけ――」


 カイが言い終えるより先に、イネスは躊躇なく自分の手首を魔力刃で斬り裂いた。

 パックリと開いた傷口からは血がドッと溢れ出し、あっという間に地面を赤く染めていく。


 「おいっ! な、何やって!」


 慌てて駆け寄ろうとするカイだったが、すぐにその足を止めた。

 それも当然で、何もしていないにもかかわらず深い切り傷がスーッと塞がっていき、たちどころに血が止まってしまったからである。


 「これでわかったでしょ? わたしもあなたと同じで人族じゃないの。わたしは魔人であり、それも同族にさえ嫌われている忌み子。たぶん迷宮の外に出ても、故郷には帰れないし、人族の世界にも馴染めないと思うわ。でもね、こんなわたしをアルクは受け入れ、命をかけて救い出そうとしてくれている。アルクはわたしにとって……いえ、わたしたちにとっての希望の光なのよ」

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