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27.決着

 何度かこぶし同士を打ち合わせたあと、衝撃で弾き飛ばされたアルクにイネスが追い打ちをかけようと、空中を飛翔して突進してくる。

 とてつもない速度で後方へ流されていくアルクは、背部から大量の闇を噴射して猛追するイネスの姿を正面に捉えたまま、右足を軽く地面に当てた。少しでも減速しようとしての行為だったが、あまりの速さのためか、アルクが通ったあとをなぞるように砂塵が舞い上がる。

 偶然にも立ちはだかる形となった砂塵の波をイネスが突っ切る瞬間に合わせて、アルクは左足で地を蹴って横跳びに躱した。

 間近まで接近した状態で、しかも視界の効かない砂塵を通り抜けた直後に対象が急に進む方向を変えたとあっては、さすがのイネスも反応しきれなかった。


 そうして距離を空けたわずかな隙に風の衣を纏い直したアルクは、広大な広間の中央を横切りながらグングンと加速していく。

 短い距離を連続して移動するのであれば、俊敏性を高められる雷の魔力が有利に働くが、今回のような直線での長距離移動であれば、風の魔力のほうがより速く疾走することができるのだ。

 ところが、そのあとを飛翔するイネスはアルクをも上回る速度で迫ってきていた。

 これは単純に魔力の出力の違いと、術式の有無によるところが大きいだろう。


 まっすぐに進むアルクに対して、弧を描くように近づいたイネスは高速でこぶしを叩きつけて通り過ぎていく。

 両腕を身体の前面に固めて防御したアルクが背後を振り返ったとき、すでに反対側から回り込んでいたイネスが膝蹴りを浴びせてすれ違っていった。

 広間の中を縦横無尽に飛び回ってあらゆる方向から攻め立てるイネスに、アルクは守勢の一方となる。時間が経つにつれて全身の傷が増えていき、攻撃を受けるたびに身体が大きく流されて、されるがままに踊らされていた。


 「……だから言ったのに、いくらあなたでも魔人の全力に耐えられるわけないじゃない」


 小さく呟いたイネスの声は、悲痛な響きを帯びていた。

 それでもイネスが攻撃の手を緩めないのは、心のどこかでアルクのことを信じているからなのだろう。



 ◇



 どれだけの間、攻撃を受け続けたのだろうか。

 途方もない時間が経ったかのように感じてしまうほどの連撃が終わり、イネスが後ろに飛び退いた。

 最後に強烈な一撃を食らったアルクも同様に身体が後方へ流されていく。

 ところが、アルクはあえてそこで地面に足を突っ張り、衝撃を逃がさずにまともに受け止めることを選択した。全身が悲鳴をあげ、支えている足からはミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。

 ――だが、どうにか堪え切った。

 慣性により身体が硬直し、そのままでは立ち止まってしまうところを、自身の背中に自ら発生させた爆風をぶつけて上体を前方へと押し出す。重心が前寄りになったことで、自然と前へ動く足に身体強化スキルを集中して意識的に踏み出し、それを何度も繰り返していく。

 やがてそれは走るという動作に変わる。

 そこでようやく着地して、驚愕の表情を浮かべるイネスへ向けて前進していく。


 「なっ。……まさか、そんなこと!」

 「いくぞ、イネスッ!!」


 あっという間に間合いを詰めたアルクは、引き絞った右のこぶしを繰り出す。

 咄嗟に複数の魔力障壁を発動させたイネスであったが、展開された魔力障壁はほんのわずかな間だけ攻撃を防ぐと瞬く間に砕け散ってしまう。次々に障壁が消し飛ぶ中、イネスは残った魔力障壁にありったけの力を注ぎ込んで障壁を強化する。


 「ぬぐ……くっ……!」

 「はぁああああ――!!」


 こぶしを突き出し、今この瞬間攻撃をしている側であるはずのアルク自身の身体にも無数の裂傷が生じていく。それは通常であれば”無茶な動きによる過重な負担”から身体を守るために、最低限防御に回していたスキルや魔力すらも捨て、すべてを攻撃に充てたがゆえの結果だ。

 現時点で、アルクが一度にスキルを同じ箇所へ重ねられる限界にあたる五十の〈身体強化(極小)〉をこぶしだけに集中させて、残る魔力をこぶしを押し出す動作に必要な部位のみに割り当てた。まさしく攻撃に特化した捨て身の一撃。

 その恐るべき力を込められたこぶしが、黒き魔力障壁をいとも容易く貫きながら、イネスの右胸めがけて迫っていく。


 「――く、ぁぁ……ぐ……ッ!」

 「いっけええええ――――!!」


 猛烈な魔力波が周囲を駆け抜け、広間が二人の周囲を残して崩れ去っていく中、ついに最後の魔力障壁がガラスが割れるような音を立てて砕け散った。

 同時にアルクのこぶしも勢いを失くしてそこで止まる。


 ――だが、その場で圧縮された魔力や空気の流れはそこで止まらなかった。

 こぶしと障壁の間に溜まっていたそれらは、そのまま衝撃波となって打ち出され、イネスの右胸に小さな風穴を開けたのだ。

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