25.少女の過去
「さて、と。まずはアルクに、迷宮の核がどこにあるかを教える必要があるわね」
「ああ、よろしく頼むよ。イネス嬢」
「ふふ、嬢はいらないわ。イネスでいいわよ」
そんなたわいのない会話を心から楽しむように、とても嬉し気に話していたイネスは、自らの右胸に手を当てる。
「迷宮の核は”ここ”にある。わたしの胸の中、心臓の真横の位置に埋め込まれている」
「……体内にあるのか」
「あら、やめるなら今のうちよ?」
イネスの言葉に、「まさか」とアルクは首を振る。
「だが、なぜそんな場所に?」
「それは、わたしが〈深淵魔法〉のスキルを持っているからでしょうね」
「〈深淵魔法〉?」
「ええ。ほかにも古代魔法、神代魔法、失われた魔法……と色々な呼び名はあるけれど、それらはある一つの魔法を指しているのよ」
「一つの魔法……」
「人々はその魔法を”原初の魔法”と呼んでいるわ。初めのうちこそ、名もなくただ魔法とだけ呼ばれていたそれは、いつしか使い手によって名を授けられた」
イネスが軽く手を振れば、前方に古い壁画に描かれているような、神々しい光を背にした人々や禍々しい怪物たちの絵が浮かび上がる。
「神や天使をはじめとした神族が使うそれを”神言語魔法”とし、邪神や悪魔が使うそれを”魔言語魔法”としたの」
「……なんだか、ずいぶんと壮大な話になってきたな」
「えっと、細かい部分は省くから安心して」
ジト目を向けるアルクに、なぜかイネスははにかんで見せた。
「ともかく、今のが〈深淵魔法〉の説明ね! あとはスキルについてだけど」
「スキルっていうと、〈身体強化〉とかの?」
「そう、そのスキルのことね。そもそもスキルっていうのは、神が魔王を倒すためにこの世界にもたらした秩序なのは知ってるわよね?」
「それはなんとなく聞いたことがあるな」
「わたしの種族が魔人なのはさっき言ったと思うけど、魔人は”魔言語魔法”を信仰しているの」
「あー、なんとなく読めてきた」
つまり、イネスの種族である魔人は”魔言語魔法”を信仰しているが、イネス自身は〈深淵魔法〉という二つの性質を兼ね備えたスキルを生まれ持っていた。更には、スキル自体も魔人にとっての異端である神が与えたものであるために、同じ魔人種から大きな反感を買ってしまったのだと推測できる。
「そういうわけで、わたしは同じ魔人たちから迫害を受けて、この迷宮に放り込まれたのよ」
「ずいぶんひどい奴らだな」
「まあ、別に魔人の種族全体が悪いってこともないのよ。悪魔とつるんでいるわけでもないしね。ただ、わたしの故郷がそういうところだったってだけで……」
遠い目をして語る少女の姿はどこか儚げだった。
そんなイネスをいたわるように、アルクは優しい眼差しで見つめる。
「……そうだったのか。イネスが味わった苦しみは君自身にしかわからない。だけど、一つだけ断言する。オレは君を裏切らない。それだけは信じてほしい」
「そう……それじゃあ期待しておくわね」
「ああ、任せてくれ」
その言葉を噛みしめるように上を向いて目をつむっていたイネスが、再び正面に向き直したとき、その表情から迷いや不安のようなものは消えていた。
「……最後に、迷宮の核を破壊する方法を教えるわね」
「頼む」
「今のわたしは、迷宮の核によって魔術的な干渉や行動の制限を受けているの。たとえば、この部屋に入った人間を排除しなければならないとかね」
「なるほど」
「迷宮の核が狙われれば、当然守ろうとするでしょう。ただし、やり方はわたしの意思で決められる。ここを逆手に取るのよ」
「つまり、あらかじめ取るべき行動を決めればいいわけか」
「そう都合よくはいかないわ。ある程度行動の方向性を決められるってだけ。でも、それならやりようはあるでしょ?」
自信たっぷりに語るイネスに若干の不安を感じつつも、アルクは相づちを打つ。
「それでどうやるんだ?」
「まずアルクにはわたしと全力で戦ってもらうわ。そのうち額の魔眼が完全に開くはずよ。それを魔人の覚醒状態って言うんだけど、その状態に持ち込めば、迷宮の核の防御にまではあまり力が回らないはずだから、そこを突けばいいわ」
「……それは、本当にただ全力で戦うだけなのか? かなり無謀な気もするが」
「安心して! 接近戦しかしないようにするから。大丈夫、アルクならなんとかなるわ!!」




