22.謎の少女
「初めまして。……そして、さようなら」
玉座から降り立った少女が足元に落とした視線を静かに上げると、黄金の輝きを宿す瞳がアルクの姿を捉えた。
途端に、少女の身体から驚くほど濃密な漆黒の魔力が溢れ出す。その魔力波は黒き暴風となって、広間内の床や壁をズタズタに引き裂きながら迫ってきた。
アルクは両足に踏ん張りをきかせてかろうじて持ち堪えると、即座に魔力を全力で開放して、吹きつける魔力波に対抗する。
やがて、魔力による突風が吹き止むと、広間に舞い上がった砂ぼこりがパラパラと降ってきた。
「……驚いた。大抵の生き物は、今ので大体死んでしまうのだけれど」
「すまないが、そう簡単にやられるわけにはいかないんでね」
冗談めかして答えるアルクだが、その表情に一切の油断はない。
少女はアルクの目を見据えると、それまでの冷たい眼差しをわずかに緩めた。
「そう。なら、少し試してみましょうか」
少女の額に、一本の細い線が縦向きに走る。
直後、引かれた線を中心にして表皮が左右へ分かれていくと、その奥に不気味な光を放つ”第三の眼”が現れた。
「魔族、だったのか」
「……失礼な人ね。あんな種族と一括りにしてほしくはないわ」
「それはすまなかった。ではなんと呼べばいいのかな?」
アルクの言葉を受け、少女は満足そうにうなずく。
「魔人よ。でも、今のわたしはただのイネス」
「オレはアルクだ。……さて、それじゃあイネス嬢、お相手を願おうか」
「ふふ、面白い人ね。でも、いつまでその余裕が持つかしら」
◇
向かい合う二人の魔力の高まりに呼応して、広間全体が大きく振動する。
アルクはスキルを重ねがけしつつ、断続的に雷と風の魔力を付加していく。
対するイネスは、滲み出る漆黒を身体に絡ませつつ、魔力を何倍にも増幅させていく。
やがて、二人の力が最高潮に達したとき、両者は同時に跳び出した。
アルクは雷と風を身に帯びてさせて、イネスは漆黒を纏いながら自身の後方に闇を噴射して飛翔する。
真正面から繰り出したこぶし同士が打ち合わさると、両者のこぶしに込められた膨大な魔力が荒れ狂い、それが轟音や衝撃波となって周囲に飛散する。
その反動で弾き飛ばされたアルクとイネスは滑るように着地すると、視線を交えて笑い合った。
両者は再び跳躍し、激突する。
刹那の間に、無数のこぶしや蹴りが飛び交い、烈風を巻き起こす。
そうして両者が再び距離を取ったとき、広間の床には大きな亀裂がいくつも走り、崩れた天井や壁の瓦礫がそこら中に散乱していた。
「あはは、こんなに楽しいのはいつ以来かしら」
「満足……いただけているようで、何よりだよ」
「あら、まだまだこんなものじゃないでしょ? まあ、でも認めましょう」
肩で息するアルクと、今なお余裕を感じさせるイネス。
わざわざ対比するまでもなく、イネスが圧倒的優勢なのは一目でわかる状況だ。
にもかかわらず、一転してイネスの表情に暗い影が差した。
「あなたには、わたしを倒す資格がある」




