20.石化母蛇
力強く地を蹴り、強弓から放たれる矢のごとく跳び出したアルクの身体には、雷属性の魔力特有の電光が走っている。
前方には、先程吹き飛ばしたばかりの蛇たちが宙を舞っており、行く手を埋め尽くしていた。だが、アルクはそれも構わないとばかりに、大蛇めがけてまっすぐに突き進んでいく。
アルクが一番手前にいた蛇に接近した瞬間、蛇は大口を開けて噛みついてきた。
だが、蛇が牙を突き立てようとしたときには、すでにそこにアルクはおらず、空中で自由の効かない蛇は重力に従ってただ落ちていくしかなかった。
その後も何匹もの蛇たちが、身体をくねらせて飛びつくように襲いかかってきたが、アルクはそのことごとくを躱すと、わずかな隙間を縫うようにして潜り抜けていく。
人間よりも遥かに優れる”魔物の反応速度”をも上回る”超人的な反射神経”。魔力によって作り出した疑似的な電気を身体に帯びさせることにより、多数の攻撃に対処したり複数の敵を相手取る場面においては、単純な身体強化の上をいく効果を発揮する強化手段。
それこそが、アルクが見いだした雷の属性魔力による戦闘方法だった。
数多の蛇を掻い潜り、大蛇との距離をあと半分ほどにまで詰めたとき、アルクが張り巡らせていた魔力の網に、急速に接近してくるいくつかの反応があった。
よくよく目を凝らせば、洞窟の端には内側を囲うように大蛇の長大な胴体がぐるりと一周していることがわかる。その大蛇の身体を覆っている鱗だと思っていた無数の薄片は、実は一つ一つが小さな蛇の頭であり、知らないうちに急激に成長していた子蛇が次々に生み出され続けていたのだ。
(これはマズイな)
身を捻った直後、今までと魔力の性質が異なる白色の蛇がアルクの頭上を通り過ぎていく。すかさず地面に手をついて白蛇を蹴り上げると、魔力の属性を変えて突風を引き起こす。
「はあっ!」
周囲と新たに迫ってきた蛇をまとめて吹き飛ばし、若干の余裕ができたところで、姿勢を低くして足に力を溜めていく。
(仕方ない。ここから一気にカタをつける)
放出する魔力で周囲に旋風を起こしつつ、脚部にスキルを集中して重ねがけしてから、あらん限りの力で地面を踏みしめた。
踏みつけられた岩盤の地面が大きく陥没すると、アルクの姿がブレて――その場から掻き消える。
次の瞬間、鎌首をもたげて高みから見下ろしている大蛇からは死角となる、あごの真下にあたる地面に、風の渦を纏ったアルクの姿が現れた。
――速度が上がるにつれて、物体にかかる空気の抵抗力は増していく。
アルクは自身に魔力で作った気流の衣を纏わせることによって、高速で動くときに生じる空気抵抗を打ち消していた。
更に持続性のある雷属性の魔力は未だにその効力を維持しており、疑似的な電気信号で強化した感覚を活かして、あえて大量の蛇の間を通り抜けることで、大蛇が認識するよりも一瞬早く、視界の範囲外である巨体の下側に潜り込んだのだ。
正面に見える大蛇の胴体へ向かって駆けるアルクは近くにいた子蛇を手早く倒すと、右手を大きく後ろに引きながら懐へ飛び込んでいく。
「くらえ!」
限界まで魔力を高めて収束し、繰り出したこぶしが大蛇の腹部に深く突き刺さる。
大蛇の身体がこぶしを突き立てられた箇所を起点にして、くの字に曲がっていく。それでもなお勢いは収まらず、行き場を失くした力によって巨体が後ろ向きに浮き上がると、そのまま加速して遥か後方の壁まで吹き飛び激突した。
◇
本来、壊れることのないはずの迷宮の壁に身体をめり込ませたまま、力なく首を垂れていた大蛇の巨体は、やがて無数の光の粒子に変わって崩れていくと、魔素となって消えていった。
母蛇である大蛇を失った子蛇たちは、すでにその場から姿を消しており、辺りはしんとした静寂に包まれていた。
魔力も体力も限界を迎えたアルクはどっかりとその場に腰を下ろすと、大の字になって寝ころんだ。
アルクはそのまま寝入ってしまうが、階層主を討ち倒した勝者の眠りを妨げようとする者など、この場にいるはずもなかった。
ブクマおよび評価ありがとうございます。
今回の毎日投稿での更新分は31話で一旦区切りになる予定です。
次の戦闘パートは、特に気合いを入れて書き上げました。
ここまでお読みくださった皆様を後悔させない仕上がりになったと自負しております。
一見の価値ありです! 乞うご期待!!




