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17.冒険者の戦い

 横たわる巨大な狼の身体が魔素となって消えるのを眺めていると、いつの間にか部屋の隅に階段が出現していた。



 ◇



 リヒト迷宮第六階層。


 階段を下りると、そこには見渡す限りの野原が広がっていた。

 開けた場所がどこまでも続いているものの、所々に古い建造物の跡があるため、そこが身を隠せる場所になるだろう。




 階層の入り口から離れた位置で、魔獣の群れと戦う戦士たちの姿が見える。

 どうやら六人組の冒険者のようで、前衛の四人が魔獣を引きつけ、その隙に後衛の弓使いと魔法使いが一匹ずつ狙いを定めて倒しているようだった。


 (中位冒険者のパーティーか。弓使いの女性は中々の腕前だな)


 やがて、危なげなく魔獣の群れに勝利した冒険者たちが、各々に分かれて素材を剥ぎ取っていた最中にそれは起きた。

 灰色の巨狼が遺跡の向こう側から姿を見せたのだ。

 それも現れた数は五匹である。

 冒険者たちはすぐに臨戦態勢に入ったが、陣形の真ん中に狼の一匹が転移して割り込んでしまったため、一気に混戦状態へ持ち込まれてしまう。


 初めに後方にいた魔法使いが押し倒されてしまうが、すぐに冒険者のリーダーと思わしき大男が巨狼を殴って陣形の外側まで弾き飛ばした。

 ところが、その混乱に乗じて飛びかかった巨狼の一匹が前線を守っていた剣士の一人を突き飛ばしたことで、かろうじて保っていた前線が完全に崩されてしまった。


 そこから先は悲惨なものだった。

 傷を負った仲間を庇いつつ奮闘する冒険者たちであったが、魔法という決め手に欠けた彼らでは、人間と比べて圧倒的な生命力を誇る魔獣に対して消耗戦で勝てる見込みは少なかった。

 一人また一人と傷つき倒れ、ときに生きたまま捕食される友の姿を見せつけられながらも、ただ必死に剣を、こぶしを振るい続けた。




 アルクがようやくその現場まで辿り着いたとき、そこに残っていたのはリーダーの大男だけであった。

 加勢しようとするアルクの姿を横目に見て、大男はそれを手で制した。


 「必要ねぇ。この戦いはともらいだ」


 大男の視線の先には三匹の狼がいた。

 パーティーの仲間たちの健闘によって四匹の巨狼を討ち取りはしたものの、血のにおいを嗅ぎつけてきた魔獣や、あとから集まった巨狼によってほかの仲間は全員殺されてしまったのだ。

 大男が固く握りしめる右手の間からペンダントの鎖が見える。それは彼のそばで倒れ伏した弓使いの女性が身につけていたものだった。


 「くたばれ、クソ犬どもがぁー!!」

 「グルァッ!」


 怒りに身を任せて大男が爆発的な勢いで跳び出すのと同時に、二匹の巨狼が左右に分かれて襲いかかる。

 大男は繰り出したこぶしで右側の巨狼の頭を砕くと、反対側から迫る犬牙を丸太のような左腕で受け止めた。

 鋼鉄の籠手に牙を食い込ませている巨狼をあえて残した大男は、背後に黒煙が立ち込める気配を感じると素早く身を翻して、左腕の巨狼ごとぶつけようとした。


 だが、そこに漂う黒煙の形状は、なぜか普段よりも縦方向に広がっていた。

 振り回した左腕が、現れた巨狼の下半身と噛みついていた巨狼の頭を押し潰す。

 ところが、転移してきた巨狼は上方へ跳んだ直後だったらしく、そのまま大男めがけて落下してきた。

 大男は咄嗟に左腕で裏拳を返したが、それは巨狼の下顎を千切り飛ばすだけに留まってしまう。直後、すれ違いざまに振るわれた巨狼の鉤爪よって大男は喉を掻き切られて崩れ落ちた。




 アルクが近寄ると、起き上がる力もない上半身だけの巨狼が怒りの形相でにらみつけてきた。


 (この魔獣たちも仲間を殺されてるんだもんな。……これが冒険者の戦いか)


 やがて、危害を加える様子のないアルクに興味をなくしたのか、巨狼はゆっくりとまぶたを閉じた。

 冒険者の亡骸と魔獣の死骸を前に、アルクは姿勢を正して目を閉じると、勇敢に戦った彼らの冥福を静かに祈るのだった。

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