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16.灰煙狼

 リヒト迷宮は五階層ごとに階層の主がおり、主を倒さないと下層へ繋がる階段は現れないという。




 アルクが第五階層の最奥に辿り着いたとき、階層主がいる部屋の前では五人の冒険者が休憩をしていた。

 アルクが近づくと、休憩していた男の一人がヌッと立ち上がった。

 非常にガタイがいい男で、身長はアルクよりも遥かに高く、そばにいたアルクが見上げる形になるほどだ。立ち上がるさいに、脇に置いていた身の丈よりも巨大な大剣を軽々と持ち上げて、その肩に担ぎ上げた。


 「よお、お前さんも次の階層に進むのかい?」

 「ああ、悪いが先に通らせてもらうよ」


 そう言って横を通り抜けようとするアルクの姿を、男は訝し気に見つめる。


 「……ちょっと待ちな。ほかの仲間を待たなくていいのか?」

 「ん? ああ、すまない、一人なんだ。なるべく時間をかけないようにはするから、それじゃあ失礼するよ」

 「ま、待て! ここはほかの迷宮と違って階層ごとの強さが――」


 男が言いかけたところで、アルクは扉を開けて部屋の中に飛び込んでしまった。

 親切心から警告してくれようとしていたのはわかっていたが、ここで説明に時間をかけるよりもさっさと立ち去ったほうが賢明だと判断したのだ。



 ◇



 迷宮の入り口と同じように扉から立ち込める黒いもやを通った先にあったのは、岩盤を半円状にくりぬいたような岩肌に囲まれた部屋だった。


 向かいに一匹の狼型の魔獣がいる。

 その魔獣はこれまでの階層にいたぬいぐるみのような可愛らしい見た目ではなく、濃厚な殺気を放ち、鋭い牙や爪のあるれっきとした狼である。

 薄闇に溶け込む灰色の毛並みに黄色い瞳を持つグレーウルフという種にも似ているが、これは別物だろうとアルクは思った。魔獣の森で多く見かけたあの個体と比べて、目の前の魔獣は保有する魔力の量が桁違いに多く、何より体高がアルクの背丈と同じくらいと、通常の狼型の魔獣と比べても大きかった。


 アルクが警戒しながら近づいていくと、狼が雄たけびをあげて飛びかかってきた。

 素早くこぶしを構えて迎え撃つアルクに対し、狼は前方に薄黒い煙のような魔力を吐き出してそれを盾状に展開する。

 だが、アルクはその場から動かずじっと待ち構えた。

 たとえ、それが防壁の役割をしているにしてもアルクの攻撃に耐えきれる魔力量ではないし、煙で姿が遮られていても近づいてくる気配は鋭敏に感じ取ることができる。そのため、動揺して不用意に動いてしまうことこそ悪手となり得たからだ。


 両者の距離が十分に迫り、あと数瞬で互いの間合いに入ろうかというとき、突然前方から狼の殺気が消えた。

 目の前の薄黒い煙は変わらずに近づいてきており、その奥にいる魔獣の気配もはっきりと感じる。にもかかわらず、そこから感じていたはずの殺気が突如として消え失せてしまったのだ。

 この異様な状況を前に、アルクは間近に迫った脅威を無視して、半ば野生の勘を頼りに自身の背後へと裏拳を振り抜いた。


 「ギャオッ!」


 予期せぬ反撃を食らった狼は、そのまま入口近くの壁まではね飛ばされていく。

 その姿を後ろ目に見ていたアルクは、今しがた狼が現れた位置に魔力の残煙が薄っすらと漂っていることに気がついた。


 (つまりこいつは、魔力で発生させた黒煙の間を移動して、オレを背後から襲ったわけか)


 種がわかればどうということはない。

 わずかな魔力も感じ取って見逃さなければいいだけだ。


 アルクは魔力を放出すると、自身の周囲を覆い尽くしていく。

 それに気づいたのか、むっくりと起き上がった狼は低く唸りをあげると、先程とは違い、煙を発生させずに魔力を身体に纏いながら駆け出してきた。

 再びこぶしを構えるアルクに、狼は左右に揺さぶりをかけながら迫ってくる。


 間合いの数歩手前で狼が右方向へ跳ぶのと、アルクが跳び出すのは同時だった。

 何重ものスキルによって強化された脚力で床を踏み砕き、一瞬にして距離を詰めると、狼が反応する間も与えずに右のこぶしを振り下ろした。

 真下へ叩きつけられた狼は、床に顔を埋めたまま動かなくなった。

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