15.リヒト迷宮上層
「いや、いいんだ。オレのほうこそ迷惑をかけて悪かったな」
額が床につくかと思うくらいに深く頭を下げていた兵士は、アルクがかけた予想外の言葉にきょとんとした表情で顔を上げる。
「で、ですが……」
「そんなにかしこまらないでくれ。普通にしてくれていたほうが、こっちとしてもやりやすいから」
「はい、わかり……い、いや……そうだな。そう言ってもらえると俺も助かる」
張り詰めていた緊張を緩めて、ホッと安堵の息を漏らす兵士の様子に、アルクも内心で胸を撫で下ろしていた。
(勘違いされたのは、この装備も要因の一つだろうな。突っかかってくれたおかげで、一方的に追い返されずにすんだけど……)
アルクは、検問のさいに兵士が視線を留めていた自分が腰に差している剣と、目の前の兵士の剣とを見比べる。
改めて見ると、アルクが買った安物の剣はいかにもちゃちで、とてもではないが迷宮の中層以降に出るという凶暴な魔物の攻撃に耐えられるような代物には見えなかった。
(次からはちゃんと考えて武器を選ぼう)
そう心に決めたアルクだった。
「それにしても、さっきのは本当にたまげたなあ。あんた一体何者なんだ?」
通行許可をもらって迷宮の入り口に向かっている途中、見送りにきた兵士が口にした率直な質問に、アルクはとんでもないとばかりにかぶりを振る。
「いやいや、ただのCランク冒険者だよ」
「……あんたみたいなのがただのCランク冒険者なら、今頃世界はもっと平和だろうよ」
微苦笑を浮かべる兵士に、「確かにな」とアルクも笑って返した。
「で、当然だが行くんだよな。俺が言えた義理じゃないが……転移罠には十分に気をつけてくれ」
「ああ、忠告はありがたくいただくよ」
背中越しにそう答えたアルクは、迷宮の入り口である先の見えない黒い穴の中へと進んでいった。
◇
リヒト迷宮第一階層。
迷宮に初めて足を踏み入れたアルクは、まず二つのことに驚いた。
一つは、外から見て小山の中にあるはずの迷宮の内部が不思議と明るく、そして途方もなく広いことだ。
その原因が、迷宮内部が地上とは別の空間であることと、リヒト迷宮の壁に発光する性質があるのだと知識としては知っていたが、聞くと見るとではやはり全く違う印象を受けるものだった。
もう一つは魔物の容姿だ。
これまでアルクが戦ってきた魔物は、厳しい生存競争を生き残るために強靭な肉体や知能を得てきた恐るべき力を持つ怪物たちであった。
だが、この迷宮の上層にいる魔物は、外界では考えられないほど貧弱で、人間を襲う魔物とは思えないほど愛らしい外見をしているのだ。
いわゆる二頭身や三頭身と呼ばれる体型である。
これは迷宮から生み出されるがために、発生源である迷宮そのものが消えない限り、種が滅えないからこそ起こる現象だ。とはいえ、このような生き物が存在していること自体が不自然なことには変わりないだろう。
第一階層には多くの新人冒険者がおり、未熟ながらもそれぞれが懸命に戦いを繰り広げていた。
ひ弱な魔物といえど、実戦を通して経験を積むのにはちょうどいい階層なのかもしれない。
この奇妙な魔物たちは、第一階層から第五階層までを占めており、アルクはこれらの階層を戦わずに降りていった。




