12.迷宮都市ラーヴェン
「あの、どうかされましたか?」
ステータスカードを見つめたまま動かなくなったアルクに、受付嬢が心配そうに声をかけてくる。
「ん……ああいや、なんでもない」
素っ気なく答えたアルクは話題を変えるべく、別の要件を切り出した。
「それはそうと、ラーヴェンに行く馬車はどこで出ているのかな?」
「ラーヴェン行きの馬車でしたら町の南から出ています。そういえば、あの近辺で新しく迷宮が見つかったんでしたっけ」
「ああ。Cランクになれば大規模な迷宮にも入れるから、ちょうどいい機会だと思ってね」
「アルクさんならきっと未発見の階層まで辿り着けますよ。ご健闘をお祈りしています」
「ありがとう」
冒険者ギルドから出たアルクは、町の武器屋で安物の鉄の剣と、服屋で旅人用の動きやすくて丈夫な革鎧を買った。
鉄の剣は冒険者として侮られないようにするための飾りである。普段から素手で戦っているアルクは使うつもりがないため、値段だけ見て購入したものだ。
南門の近くに行くと馬車に乗るための列ができていたため、目当ての馬車はすぐに見つかった。
御者が言うにはラーヴェンは同じ領内にあるため、一日程度で着くとのことだった。
アルクが乗って少しすると、最後の乗客を乗せて馬車が出発した。
◇
道中で魔物に襲われることもなく馬車は順調に進み、翌日の昼過ぎにラーヴェンに到着した。
門をくぐるとにぎやかな繁華街が広がっており、田舎町しか知らないアルクを大いに驚かせた。中でも愉快な音楽を奏でて不思議なパフォーマンスを繰り広げる大道芸人たちの姿は、まだ年頃のアルクの心を強く惹きつけるものだった。
そんな誘惑に耐えながら馬車に揺られていると、道端で大声をあげる男たちの姿が目に入ってきた。
「おい、クソガキ! モタモタしてねぇで、とっとと歩けや!!」
がなり立てる強面男に屈する様子もなく、獣耳の小さな少年が負けじと声を張りあげて食い下がる。
「こんのヤロウ、いい加減にしろよっ! それにクソガキじゃない、オイラの名前はカイだ! とっとと覚えやがれ!!」
なんとも程度の低い会話ではあるが、彼らの身なりから察するに、少年が奴隷で男のほうが奴隷商といったところだろう。
アルクがその様子を眺めていると、ほかの乗客たちがひそひそと話し始めた。
「うるさいなあ。これだから民度の低い町は嫌なんだ」
「何よ、あの汚い子供は? 雇い主もちゃんと教育したらどうなのかしら?」
「まったくだ。人目のつくところにあんな汚物を持ち込んで欲しくはないね」
口々に発せられる言葉は、ほとんどが獣人の少年さえも侮辱する内容だった。
少年が反抗的な態度を取る前に、奴隷商が少年の髪を掴んで、無理やり歩かせていた光景は乗客たちも見ていたはずだった。
にもかかわらず、どうして少年が非難を受けなくてはならないのか。
スキルだけでなく、種族間にも差別があることはアルクも知識としては知っていた。だが、実際に目にすると、なんと苛ただしいものか。
自然と握りしめていたこぶしに痛みを感じて、アルクは冷静さを取り戻す。
(……今はダメなんだ。ごめんね)
そうこうする間に馬車は停留所に到着した。
アルクは御者から町の主要な施設の場所を教えてもらうと、迷宮の探索許可を受けに冒険者ギルドへと向かうのだった。




