第88話 リドレビア
新大陸を発見して此処に戻ってくるまでのネイの話が終わるころ、玄関から戸を叩く音が聞こえた。
「ディムが来たみたいね。」
ネイがダイニングルームの入り口の扉を見ながら言った。
「どうして分かるんだい?」
「私が今日来るようにシィとルビィを通じて手配してたからよ。シィ、ルビィ、迎えてきて貰えないかしら?」
「はぁい。」「オッケー。」
シィとルビィが席を立った。
暫くしてシィ達がダイニングルームの扉を開けた。
「あのぉ、ネイ?」
シィが困った様にネイを呼んだ。
その後ろから冒険者の格好ではなく、身なりが良いディムが顔を出した。そして続けて恰幅の良い男性が現れた。
な! 国王!?
「すまないな。非公式の訪問であるから、そんなに身構えんでも良いぞ。」
サルファ侯爵がしれっと言った。
「侯爵、そういうサプライズはやめて貰えるかしら?」
ネイは平然と言った。
「……仕方ないわね。
みんな、この方はサルファ侯爵よ。非公式の訪問らしいから、顔色をうかがう必要は無いらしいわ。
そういう訳だから、ロックとロクシーだけ残って、残りのみんなは席を外してもらえるかしら? あと、シィ、二人に飲み物をお持ちして。」
「すみませんね。僕だけ来るつもりだったんですが、父がどうしてもと言うものでして。」
ディムが苦笑いをしながら言った。
「まったくよ。」
ネイはその謝罪を受け入れる気は無い様だった。
サルファ侯爵とディムが並んで座り、その対面にネイを挟んで僕とロクシーが座って居る。サルファ侯爵とディムの前に置かれたコーヒーから芳しい香りが漂っていた。
それを手に取る二人。
「うむ、良い香りだ。魔法使い用の薬と思っていたが、これはなかなか……。」
「それで? 何しに来たの? アル。」
「ひどいじゃないかネイ。大事な話なのに、こいつを遣わせるだけで済まそうだなんて。」
サルファ侯爵がカップを降ろすことなくディムを指しながら言った。
「そんなに大事かしら?」
ネイの質問に答えず、コーヒーをゆっくり味わった後、カップを下ろすサルファ侯爵。
「おや? もう駆け引きが始まってるのか?
大事な話なのに、大事じゃない風に振る舞って、最終的には大どんでん返しを食らわせるのだろう?
ネイはいつもそうなんだ、君は分かるよな。」
サルファ侯爵が僕に話を振ってきた。
「ええ、でも信頼してますから好きにしてもらってます。」
「お、初めて声を聴いたぞ。」
笑みを漏らすサルファ侯爵。
「まったく、小賢しいわねアルは。」
面倒くさそうにネイが言った。
「はっはっは。ネイの仕込みじゃないか。」
「知らないわよ。
じゃあ、単刀直入に手紙に書いた返事を聞かせてもらえるかしら。繰り返すけど、一つ、アルバトロス号を私に頂戴。二つ、ブラック・スノーボール号の積み荷を買い上げて頂戴。三つ、その対価はカフワの種の優先取り引き権よ。どう?」
「おおむね同意なんだが、もう少し踏み込んだ話をして良いか?」
「なぁに?」
「その新しく発見した土地なんだが、俺としても発見することが念願だったんだ。」
「それで?
発見して植民地化したかったって訳?」
「植民地化は手段であって、目的じゃない。サルファ国の経済発展のためになるんだったら同盟して共存繁栄する関係でも良い。ネイ達がそこを支配下に置いておきたいと言うのであればそれでも構わん。
ただな、サルファ国あるいはイナム家の関与度を上げさせて欲しいのだ。互いに知らぬ同士でもあるまい?」
「何? 取り引きカードが無いから情に訴えようとしてるの? あなたらしくないわね。
それにね、私たちもあそこを支配しようとしている訳では無いわ。できれば碧矮族に自治して欲しいのよ。だけど、長い歴史の結果として他国の属国になったり併合されたりするかもしれないのは私たちの範疇外よ。それに私たちも発見して交流し始めたばかりだしね。そんな訳だから、関与度を上げさせろと言われても、提案してあげられる具体的なことはまだ無いの。」
「まぁ、そんなに難しい話じゃ無いんだ。もう少し具体的に言うとだな、こいつをそこに派遣常駐させたいのさ。最初は大使でもなんでも良い。総統はネイ達の誰かがやるんだろ?」
その発言を聞いて驚くディム。
「父上?」
「お前も自立したかったのだろ? サルファ国はお前には継げぬしな。」
「まぁ、それは……。」
「ふ~ん。あなたも親バカなのね。あるいは親バカを装った策士を気取っているのか。」
「なんとでも取ってくれ。」
「いいわ、考えておく。でも時間は掛かるわよ?」
「ネイの約束を得られれば、それだけでいいさ。ロック君も言っている様に、信頼できるからな。
そうそう、ところで聞きたいことが有るのだが、その土地に一番最初に上陸したのは誰だ?」
「そうね、猫と水夫以外ならロックが一番最初よ。続いてアルテアという航海士、フェルミという冒険者、そして私ね。」
「なるほどな。」
口の片方の端を上げて笑みを浮かべるサルファ侯爵。
これは、何か企んでるな。
「なぁ、その幻の大陸、名前を付けた方が良いと思わんか?」
「そうね、単に『新大陸』だとバールバラ大陸と区別しにくいわ。」
バールバラ大陸は、ゴンドワナ大陸の南西にある大陸で、サルファがその両大陸の接点に位置しているんだったよな。
「どうだ? リドレビア大陸という名前は?」
「リドレックの国って言う意味ね?」
リドレックって誰だ?
「そうだ。一番最初に踏み入れて生還してきた者の名だよ。なかなか良い響きだろ?」
ああ! ネイがでっち上げた僕の正式名だ!
「そうね。別に良いんじゃない?」
「決まりだな。
……ふむ。となると、その名前にした理由、つまり第一歩を残した偉業を説明する必要あるよな。
サルファ国としてもその様な偉業を成し遂げた者を称えない訳にもいかんし……、さて困った。少し考慮が必要だぞ、これは。」
全く困った様子を見せずに言い放つサルファ侯爵。
「勝手にしたら?」
ネイはそっけなく言った。
またしても、僕が直接関与しないところで、大きな動きが有りそうな気がした。
サルファ侯爵:「ディミトリオスよ、可能な限りネイとは直接話すなよ。」
ディミトリオス:「どういう事ですか、父上。」
サルファ侯爵:「お前では、足元にも及ばんという事だ。ロックを利用してネイを絡めとると良いぞ。そのための策も用意してやる。」
ディミトリオス:「父上、なんだか楽しそうですね。」
サルファ侯爵:「そりゃそうだ! あのネイの鼻を明かすチャンスかも知れんのだからな!」
ディミトリオス:「……。ネイと何があったんですか?」




