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誰か私をお宅に住まわせてください(だれすま)  作者: 乾燥バガス
誰か私をお宅に住まわせてください
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第83話 岩戸へ1

   *   *   *


 僕とフェルミとズベンとエル、そして戦士長のバランが深い森の中に続く道を歩いている。巫女に聞いた『神の岩戸』に向かっているのだ。木で作った盾と槍を二本持ったバランが先頭を歩き、エル、僕、リダ、フェルミ、ズベンの順で歩いている。エルは僕ら神の化身(アヴァターラ)の正式な侍従長に指名され、ズベンは侍従長の護衛に指名された。それもこれもネイの仕業であるが。


「ネイには気を付けろと言ったであろ?」


 リダが僕の思考を読み取ったかの様に言った。ちょっと思考が漏れてたかな?


 その張本人のネイは、ロクシーとアルテアと共にカフワの種以外の交易品となりそうなものをゾディ村で物色している。僕はゼロとデルファを彼らの護衛に残しておいた。


 ゾディ村は総勢二百人ほどの村で、代々神の岩戸を守ってきていた部族だと村長のハマルと巫女のスピカが説明してくれた。はるか昔に居た呪術師はその岩戸を開くことが出来たらしいが、呪術師の血が途絶えて久しい。他の村との交流もほどんど無いゾディ村だったが、海の幸と森の幸がその生活を支えていたので苦は無かった。たまに現れる妖魔を除いては。……とのことである。

 

 体格の小さい碧矮族(オパス)の戦士が妖魔と戦う方法は、逃げることと樹上から攻撃することらしい。彼らは生来、すばしっこく木登りが得意なのだ。さらに海に逃げることも有る。妖魔は泳げないからだ。バランの様に妖魔と真っ向から戦える戦士は稀な存在なのである。これはバランが戦闘神の化身(アヴァターラ)のフェルミに丁寧に説明していた情報だ。


「侍従長って何をしたらいいんですか?」


 突然、エルが聞いてきた。


「簡単に言うと、僕らとゾディ村の仲介を頼むよ。ゾディ村全体というよりハマル村長や巫女のスピカ、戦士長バランといった主要人物との橋渡しだな。」


 僕は、碧矮族(オパス)と上手く付き合うためにはエルに立場を与えた方が良いと思う、とネイが言っていたことを思い出しながら言った。


「橋渡しですか……。なるほど、神と人との橋渡しが巫女の役割でもあるから似た様な仕事ですね……。」


 後半は独り言の様に言うエル。


「でしたら、護衛役の兄さんは何をしたらいいんですか?」


 続けて問うてきたエル。


「エル一人だと心細いだろ? ズベンは護衛と言う名目の、君の話し相手さ。」


「……分かりました。」


 純粋さと知性と無邪気さをたたえた眼差しで僕を見るエル。その素養が巫女候補として必要なのだろうか。まぁ、もう巫女候補では無くなってしまったのだが。僕ら異人が突然現れ、さらには神の化身(アヴァターラ)を名乗り、さらに圧倒的な武力を持つ者も混ざって居たのだ。ゾディ村の者としては慎重に対処しなければならないと思慮するのも当然だろう。結果化身(アヴァターラ)達、特にリーダー的振る舞いをしているネイの侍従長となったエル。僕らの様子を探る役割も負っているのだろう。


 幼いのに大変だな。


「まぁ、取って食おうって訳じゃないから緊張せずに頑張ってくれよ。」


 僕はエルに言った。


「何言ってるんですか? 元々気楽にやっていくつもりですよ?」


 ……ちょっと嫌な予感がした。


 リダが含み笑いをしている。後方を見ると、大きく開けたズベンの口に、フェルミがおやつの煎り豆を数粒投げ込んでいるのが見えた。僕の視線を感じて、何かあったのか? と問う様に首を傾げるフェルミ。


「あ、ああ。それなら良いんだ。

 それで? 岩戸までどれくらいなんだ?」


「もうすぐですよ、もうすぐ。」


 ……なんだか急に砕けた感じで接してきたな。


   *   *   *


 僕らは数時間歩き続けた。全然『もうすぐ』では無かった。同じようにしか見えない森の小道を延々と歩いて、ようやく突然現れた開けた場所に出た。森が途絶え急に視界が広がったのだ。しかし数百メートル先の断崖が視界を塞いでいた。高さは何百メートルもありそうだ。何層も水平に重なった地層が露出しているその断崖の上は、雲が覆っていてはっきりと見えない。左右を見渡してもその断崖が途絶えることは無かった。


「……高いな。」


「頑張れば登れないことも無いですよ。まぁ、登っても何も無いのですけどね。森以外は。」


 僕のつぶやきに返すエル。


「それで? 岩戸はどこなんだい? まさかあの上じゃないよな?」


「あの麓ですよ。」


 エルは正面の数百メートル先の断崖を指さして言った。指さした方向には丈の低い灌木が生い茂り、一本の小さな道が緩やかに蛇行して続いていた。道の向かう先は、崖の上から落ちる滝の着地地点でもあった。そしてその道の先から黒い影がこちらに向かってきているのが見えた。


 ん? 人かな?


 バランが急に後方、つまり森の方に走り出した。


「一旦、引く。」


 すれ違い際にそれだけを言って去るバラン。振り向くとエルとズベンの姿は無かった。僕とフェルミがその場に取り残されていた。


「ロック、妖魔ばい。」


「え!?」


 森の方を見ている僕の後方を指さして、フェルミが言った。その目は喜びが溢れている。


「チェンジ。イエローキャット。」


 クロガネを携えた姿に変身するフェルミ。


 僕らに迫ってくる妖魔は筋肉隆々の人間の様だった。両肩の間にめり込んだ様な頭部は固い金属の様であり、目の位置にある一本の横に伸びたスリットの奥にはどす黒い赤色に光っている点が一つあった。そして重そうな戦棍が左右の手に握られている。


 そいつが二体。


「チェンジ。ブルーホーク。」


「大丈夫?」


 フェルミが聞いてきた。それぞれ一対一で対応しなければならない状況だからだ。


「何とか時間を稼いでおくから、一匹倒したらこっちに来てくれ。もちろんリミット解除していいぞ。」


「分かったばい。まず左をもらうけんね。」


 クロガネを水平にして頭の上に掲げ、切っ先を妖魔に向けて走り出すフェルミ。僕も二本の剣を抜き、右側の妖魔に向かって走った。幼女ではなく少女の姿のリダが僕の横を走る。ブラッドサッカーは装填済みだ。


 フェルミに向かって妖魔が戦棍を横薙ぎに払った。クロガネの切っ先を地面に刺しこみその陰に隠れるフェルミ。ものすごい衝撃音がしてフェルミが二メートル程下がった。クロガネが地面をえぐった溝が同じく二メートル。凶悪な金属製ブーツが描いた二本の線もフェルミの足元に繋がっている。


 僕があれを受けたら、ただでは済まないな。


 僕の目の前の妖魔が戦棍を振り下ろしてきた。僕は後ろに跳び下がりその攻撃を避けた。地面にめり込む戦棍。妖魔の攻撃スピードはそれほど速くは無い。しばらくは時間稼ぎができそうだ。次は少し攻撃してみるか。


 妖魔が左手の戦棍を斜め上から袈裟懸けの様に振り下ろしてくる。僕はそれを右へ移動しながら回避しそいつの懐に入り込んだ。僕の左側の方で地面にめり込む戦棍。目の前にあるがら空きの胴に右手の剣を突き出した。


 堅っ!


 もう少し刺し込めると思ったのに剣の切っ先は僅かに妖魔の皮膚に食い込んだだけだった。その瞬間、妖魔の左腕の裏拳がこっちに向かって来た。戦棍を手離したのだ。


 やばい。


 僕はとっさに右手の剣を手放し左足の裏をその裏拳に向けた。恐ろしい勢いのその裏拳は、僕を派手に後方に吹き飛ばした。僕はそれを耐えて受けようとはせずに体を浮かせ脚で衝撃を緩和することに努めた。そして、吹き飛ばされた結果、そいつとの距離は十メートルほど開いた。


 剣で受けてたらやばかったな。


 僕はゆっくり立ち上がりブラッドサッカーを右手に抜いた。僕の相手の妖魔は再び戦棍を手にする。左の胴に刺さっていた僕の剣が地面に落ちた。そして単眼の視線がこっちを向く。


 クロガネから分離した剣を両手に持ったフェルミが妖魔に切りかかっていた。胴や腕に傷を負わせた様だが決定打にはなっていない。一旦妖魔から離れたフェルミは、分離した剣をクロガネ本体に戻した。


 僕は妖魔に駆け寄った。それを待っていたかの様に右手の戦棍を横薙ぎに払う妖魔。左側から来たその攻撃を、僕は後ろに下がってかわした。直後、その妖魔はこっちに一歩向かってきながら、逆方向に右手の戦棍を払った。


 その攻撃も後ろに下がってかわした。右腕を大きく開いた妖魔の正面に対峙していた。そして僕は、正面の妖魔に向けブラッドサッカーを放った。


 「放て。」


 その瞬間、射線軸上に右腕を伸ばしたリダがブラッドサッカーに重なる様に現れた。そして開いた右手から、赤黒い無数の粒の奔流を放つ。リダ自身の姿が赤黒い霧の様に変わり、その奔流に合流し消えていった。


 その奔流を全身で受けた妖魔が両手の戦棍を地面に放り出して仰向けに倒れた。


「やったか?」


 両手を頭部にあてもだえる妖魔。


「効かなかったかのう?」


 いつの間にか僕の傍らに幼女姿のリダが居た。


「フェルミ! 頭を狙え!」


 僕はフェルミに大声で言った。フェルミは再びクロガネを頭の上に掲げ、妖魔に向かって走り出した。


 フェルミと対峙する妖魔は右手の戦棍を大きく振りかぶる。フェルミは速度を上げその妖魔に迫った。そいつは接近してきたフェルミに向かって渾身の力を込めて戦棍を振り下ろした。懐に入り込んだフェルミは掲げたクロガネでその攻撃を受け止める。戦棍がクロガネの刀身の柄に近い辺りに当たり、反動で反対側の切っ先が下から上に跳ね上がる。フェルミがクロガネの下で支点となっていたのだ。妖魔の腹部から頭部に向け大きな溝を作っていくクロガネ。そして突然、妖魔の後頭部に角が生えた。それはクロガネ本体から射出されたパイルだった。


 フェルミと対峙していた妖魔がゆっくりとその場に崩れ落ちた。クロガネと地面の間で片膝をついていたフェルミが立ち上がり、クロガネを持ち上げこっちに向かって走り出した。その双眸は深緑に光っていた。


 僕の目の前の妖魔も両手に戦棍を持ち、立ち上がっていた。


「装填。」


 僕はブラッドサッカーに再度装填し、それを鞘にしまった。


「納刀するのか?」


 少女に変わったリダが言った。


『適任者が来てくれるからね。』


「フェルミ! これを頭に刺し込んでくれ!」


 僕は鞘ごとブラッドサッカーをフェルミの方に投げ、手元に残った一本の剣を右手に持ち替え妖魔に対峙した。


 目の前の妖魔が戦棍を僕に向かって振り下ろしてきた。回避に専念する僕はそれを余裕で避けた。フェルミは僕が投げた鞘の留め金にフックワイヤーを引っ掛けてブラッドサッカーを回収した。切っ先の中央のパイルがなくなったクロガネは、フェルミの怪力で投げ上げられており放物線を描いてこちらに向かってきている。


 妖魔を挟んで、数度の攻撃を回避した僕の反対側にフェルミが居る。そしてその横にクロガネが着地し地面に刺さった。僕は妖魔の攻撃を誘うべく、そいつに向かって突進した。少し遅れてフェルミもクロガネを引き抜き駆け寄る。妖魔の右手の戦棍が僕に向かって振り下ろされた。それをバックステップで回避する。フェルミが接近しているのに気付いた妖魔が左手の戦棍を大きくバックスイングした。地面に切っ先を刺したクロガネにその攻撃が当たり、大きな衝撃音と共にクロガネが吹き飛んだ。そこにフェルミの姿は無かった。


 高く跳び上がったフェルミはフックワイヤーを僕の方に放っていた。僕はそのフックを掴み思いっきり後ろに引いた。フェルミも右手でワイヤーを引く。妖魔への最短コースで近づいたフェルミが、左手に握ったブラッドサッカーを突き出しそいつの頭部にねじ込んだ。


「放て!」


 妖魔の頭部に右手をあてたリダが、ブラッドサッカーとフェルミと重なる様に突然現れ、そして妖魔の頭部が吹き飛んだ。跳び散らかってこっちに向かってくる何かを、僕は慌てて避けた。


 後方に回転しながら飛び降りるフェルミ。妖魔はしばらくその場に立っていたが、やがて踏ん張る力を無くして崩れ落ちた。


 なんとか終わったな。


「にゃは~。」


 フェルミは片膝をつき、両手を下げて天を仰いでいた。だらしない笑顔が溢れていた。


ロック:「いつの間にか居なくなってたな。」

ズベン:「それがオイラ達の戦い方だぞ。まず逃げる。そして木の上から攻撃する。」

エル:「あるいは、罠までおびき寄せる。」

バラン:「その通りだ。」


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