第82話 デルファの目覚め
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「先輩! なぜ納期直前に仕様変更を許し、……た、……の?」
デルファが訳の分からない寝言を言った後、突然上半身を起こした。周りをきょろきょろと見渡している。目は前髪に隠れて見えないが恐らくそうだ。そして自分自身を確かめる様に両手で顔を、胸を、腹を、下腹部を触った。
「え? え? 戻った? ……のでござるか?」
――ロックがデルファにカフワの実を食べさせた一時間後の事である。
魔力を大量に使った代償に、長い間眠り続けたデルファ。僕らは毎日デルファを無理やり起こし食事を摂らせ排泄を促していた。起こしている間は意識が混濁している様子だったが、僕らは気にせず介助にいそしんだ。それがネイが教えてくれた馬鹿な事をした魔法使いの対処方法だったからだ。そして先程、僕らはネイの提案に乗って魔法使いの実と呼ばれるカフワの実を食べさせた。
「デルファ、大丈夫か?」
僕はデルファに聞いた。ネイとロクシー、フェルミとゼロのみんながデルファを見ていた。リダがデルファの横に立ち、デルファの髪の毛をモフモフとする様な仕草をしている。
「ここは何処でござるか?」
「デルファが転送魔法を使ったあと漂着した、とある陸地さ。」
「皆、無事なのでござるか?」
「ああ、デルファのおかげでね。」
「それは何よりでござる。」
「デルファの寝言は面白かったデスよ。いろいろ聞きたいことがあるのデスが覚えてマスか?」
ロクシーが言った。
珍しいことがあるものだ。ロクシーがデルファに話しかけるとは。しかし、ロクシーが面白いと思う様な寝言を言ったっけ? 介護を頼んでた時に他の寝言でも聞いたのかな?
「前の世界の夢を見ていた様でござる。……ずいぶんと鮮明だったでござるよ。」
「そうデシたら――」
「デルファの妄想話はどうでも良いわ。あなた、頭ははっきりしてるの?」
ネイがロクシーの話をぶった切り、デルファに聞いた。話を中断されたロクシーが少し不貞腐れていた。
「もちろん、寝ていた間の記憶は曖昧でござるが、それ以前の記憶や前の世界の記憶はちゃんと元に戻ってるでござるよ。」
それを聞いてネイが僕に肘鉄を食らわせてきた。
「元のダメなデルファに戻ってるみたいね。」
いや、だったら僕に肘鉄を食らわせる必要は無いだろ。
「これが魔法使いの実の効果よ。」
「つまり?」
「魔法使いは魔力回復のために睡眠が必要だって言ったでしょ? それを軽減できるの。つまり眠る時間を短縮できるのよ。」
「魔法使いの実とは何でござるか?」
デルファが聞いてきた。
「ああ、これだよ。これをさっきデルファに食べさせたんだ。」
僕は赤いカフワの実を一つ椀から取り出して、デルファに渡した。
「甘いばい。食べてみりぃ。」
フェルミもデルファに試してみることを促した。
デルファがその実を口に放りこむ。口をもごもご動かした後、その種を自分の手に吐き出した。
「ふむ。実の部分は少ないのでござるな……。」
手の中の種をじっと見るデルファ。
「これは……、コーヒー豆でござるな。」
「知ってるのかい?」
「前の世界では、この種を炒ってお湯で濾したものを良く飲んだのでござる。魔法の箱を使って魔法を練る仕事をする人間の必需品だったのでござるよ。そうでない人間も当たり前の様に飲んでいたでござるが。
……そうでござるか。こっちの世界ではコーヒーは無いと思っていたでござるが……。なるほどなるほど、これはお金の匂いがする話でござるな。」
「そういうことデシたら、ワタシも絡むデスよ。ネイにデルファを独り占めさせないデス。」
知らない人が聞いたら別の意味に解釈されそうなことを言いだしたロクシー。商売人の顔になっている。
「私はデルファは要らないわ。欲しいのはカフワの実の話だけだから、デルファの体はロクシーにあげるわよ。」
「い、いえ、ワタシも話だけで良いのデス。」
デルファの意思を無視して、二人の間でデルファの所有権の様な物が行き来していた。
* * *
デルファがフライパンやザル、木の器と突き棒などを使ってカフワの種を加工していた。碧矮族の面々も僕たちも集まってその様子を見ている。創造神の化身が目覚めて薬を調合している、などと適当なことをネイが碧矮族に説明したからだ。
黙々と作業をしていたデルファが、炒った種を木の器に入れ棒で突きながら話し始めた。
「前の世界の記憶が頼りでござるから、この方法が正しいかどうか分からないでござるよ。大まかには合っている筈でござる。
コーヒーは実ではなく種を使った飲み物でござるよ。実を取り除いた種を炒って、それを砕くのござる。砕いた種は紅茶と同じ様に熱湯で淹れるのでござる。種の炒り方は、研究が必要でござろうな。炒り方や砕き方でコーヒーのバリエーションを増やすことも考えられるでござるが、それはネイ殿やロクシー殿が試行くだされ。」
デルファは砕いた種をカップに入れ、お湯に注いだ。
「種のカスを上手く濾せれば良いのでござるが、今回はこのまま種を飲まない様に試されると良いでござろう。」
デルファはそのカップを口元に近づけ匂いを嗅いだ。
「これはこれは、中々いい具合いの香りでござるな。お先に失礼するでござる。」
そう言ってデルファはその飲み物、コーヒーを飲んだ。
「ふむふむ。いやいや、参ったでござる。これは癖になるでござるな。」
僕やネイ、ロクシー、フェルミ、そしてアルテアがコーヒーに挑戦してみた。
……いい香りだ。味は苦いが……。
「何よこれ、苦いわ。」
とネイが言った。フェルミも渋い顔をして舌を出している。一口飲んだ後、それ以上手を付けようとはしていない二人。
「味はともかく、香りは良いですね。」
何度もコーヒーに口を付けたり匂いを確認したりしているアルテアが言った。
「アルテアの言う通りデスね。」
ロクシーも風味を確認する様に続けて飲んだ。
「いわゆる、大人の味でござるよ。苦いから子供はあまり飲めないし、その良さが分からないのでござる。
そして何より、コーヒーを飲んだ後の覚醒した感覚を体験すると、また飲みたくなるのでござる。小生、前の世界ではいつもこれのお世話になったでござるよ。こっちの世界では魔法使いの実と呼ばれるのも頷けるでござる。」
なるほどね。この香りは癖になってもおかしく無さそうだ。
「何よそれ、依存症じゃない。私はもう二度と飲まないわ。」
ネイが面白く無さそうに言い、コーヒーを飲み続けている僕を見つけると睨んできた。
「コーヒーの良さは、子供には分からないのであろ? 外見と違って、中身が子供なんじゃろ。」
リダがネイを見ながら言った。
『それは思ってても言えないよ。』
僕は黙々とコーヒーを頂きながら、リダだけに伝えた。
「ウチもコーヒーはもう要らんばい。実は食べるけど。」
フェルミが言った。それを聞いてロクシーが笑いをこらえて言った。
「フェルミも大人になったら分かるかもデスね。」
ロクシーは遠回しにネイをからかっているな、きっと。
「何よ。あんた変なこと考えてるでしょ。」
ネイはロクシーではなく僕に言い掛かりを付けて来たが、僕はあいまいな笑顔をネイに返した。
「その通りじゃ。ネイは子供じゃ。」
リダが僕の代わりにネイの言い掛かりに応えた。ネイには決して聞こえたりはしなかったが……。
デルファ:「ズベン殿、その齧っている物はもしや?」
ズベン:「甘いぞ。食うか?」
デルファ:「これはこれは。お子様でもコーヒーが飲めるかもしれないでござるな。」
ネイ:「何か言った?」
ロック:「痛っ。何でこっちなんだよ。」




