第81話 カフワの実
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――ロック達が碧矮族と初遭遇した次の日の午後のことである。
「先輩、そのバグは仕様じゃ通らないですよ、むにゃむにゃ……。」
デルファのその寝言に、その場にいた誰もが慣れたもので、あえて反応する者は居なかった。
僕らはデルファを陸上のここまで運んで休ませているのだ。僕とネイ、ロクシーとフェルミとゼロがデルファを寝かせた寝具の近く座っている。リダは僕の胡坐の上に座って居た。デルファの脚はその寝具からはみ出していた。この部屋に幾つか配置されている決して豪華とは言えないその寝具は、僕たちの身長には合っていない。矮小な碧矮族の為の寝具だから仕方がないと言えば仕方がない。
僕たちはゾディ村の村長のハマルから碧矮族の家を三軒借してもらった。こちらからお願いしたのではなく是非滞在して欲しいとのことだったので遠慮なく使わせてもらっている。その中の一軒をアルヴィト商会とカラーズの面々で借りている。他の二軒はブラック・スノーボール号とアルバトロス号の乗組員の上陸組が借りている。アルテアは今はそちらの方に行ってる。
建物の柱は直径が十センチメートルほどの丸太だ。床は地面から高く設けられており壁がほどんどない。柱の骨組みが屋内と屋外を隔てているだけだ。屋根は草の茎を分厚く重ねあげられたもので、内側から見ると屋根の梁も細めの丸太で組み上げられている。釘の様なものは見られず、縄で柱や梁の構造を留めている様だった。
目の前には様々な果物や動物を焼いた料理が並んでいる。配膳は床の上になされており幅広い葉っぱや木で作った皿や椀に盛り付けられていた。フェルミの視線が僕とネイ、そして目の前に並んでいる食べ物の間を行き来していた。つまり、食べて良いのかを僕らに問うているのだ。
「食べても大丈夫じゃないかな。」
僕はネイに言った。
「恐らくね。念のため、と言う訳じゃないけど、まずフェルミから食べてみたら?」
「うん。毒見しちゃるばい。」
嬉々として食べ始めるフェルミ。実に美味しそうだ。
「で、あんたどう思う?」
ネイが唐突に僕に聞いてきた。
「どう、とは?」
「この村あるいはこの大地に私たちに役に立つものがあるかどうかって話。」
「まだ分からないね。」
『巫女が居ったな。』
リダがぼそりと言った。
「『賢明なる巫女のスピカ』って紹介された人が居たろ? 巫女が存在しているとうことは、何か祭られているものがあるんじゃないか?」
僕は、色とりどりの貫頭衣を着て杖を持った、スピカと紹介された女性の碧矮族を思い出しながら言った。
「それが自然の驚異に対する祭りなのか、あるいは神と呼べるものなのか調べる必要があるわね。確かにそれは確認しておきたいわ。
交易の観点で、ロクシーはここをどう思う?」
「少なくとも見たことが無い食べ物が有りマスね。変わった味の食べ物や、興味深い効果の食べ物デシたら交易になるのデスけど。ゴンドワナ大陸からこちらに役立つものはかなり多いと思いマスが、対価となるものが食べ物だけだとつまらないデスね。未知の媚薬などがあれば面白いのデスが。」
商人の顔になったロクシーが語った。
「薬はやめときなさい。」
「工芸品や鉱物はどうデスかね。」
「そっちなら確認しておきたいわね。」
フェルミが見たことが無い小さな赤い実を摘まんで眺めていた。そしておもむろにそれを口に放り込む。
「甘いばい。でもほとんどが種っちゃ。」
フェルミは口の中で余った種を二粒吹き出した。そのうちの一つが勢い余ってネイの方に転がっていく。
「フェルミ、行儀が悪いぞ。」
僕はその種をフェルミに戻そうと手を伸ばして摘まんだ。
突然ネイが僕のその手首をがっしりと掴んだ。そして、そのまま自分の方に寄せた。じっとその種を見つめるネイ。じわじわとその顔に笑みが浮かんできた。
「あははっ。ねぇえロクシー! これを見て。あなたこれが何かわかる?」
ネイは僕の手をロクシーの方に突き出した。その方向はちょっと腕が曲がらない方向だったが、ネイは気にしていない様だ。僕は摘まんだ種を落とさない様に耐えた。
「何デスか?」
「スピカが『カフワの実』って言ってたわね。神に捧げる特別な木の実だと。そして祈祷の際や戦士の出征の際にも食される特別な木の実だとも。あなたはこの種の形、見たことない?」
「……無いデスね。」
「そう……。じゃあ、『魔法使いの実』あるいは『魔法使いの種』って聞いたことある?」
「それなら聞いたことが有りマス。たしか魔力回復の効果があるのデスよね。でも、バールバラ新大陸の一部でしか採れない貴重品デスから見たことは無いデス。」
当然、僕も見たことが無いな。聞いたことも無い。
リダがその種をのぞき込んでいた。
『妾も知らんな。』
「これはその魔法使いの種よ。大発見だわ!」
ネイが拳を握りしめて喜びをかみしめている。そろそろ手を離して僕の腕をあるべき角度に戻してほしい。
「そんなに良いものなのかい?」
僕はネイに尋ねた。
「サルファの貴族の一部で飲み物として嗜まれている品よ。あとマグシムネの魔法学園もサルファまで買い付けに来てるほどの貴重品よ。イナム家が仕入れ地を独占しているわ。という事はよ……。」
ネイはそう説明してくれた。最後の方は何やら企んでいる顔になっていたが。そしてネイは、僕らを置き去りにして思考の沼に入っていった。ようやく僕の腕は開放された。
「先輩、コーヒーは薬じゃ無いんですよ、むにゃむにゃ……。」
再び、デルファが寝言を言った。顔を互いに見合わせる僕とロクシーとフェルミ。
「今日は寝言が多いデスね。眠りが浅いのデスかね? もうそろそろ目覚めるのデしょうか……。」
「ロック、カフワの実を四、五粒デルファに食べさせてみて。種は取ってあげてね。」
ネイが思考の沼から戻ってきて言った。
「良いのか?」
「実験――、いいえ大丈夫よ。」
ネイの自信たっぷりのその様子に僕は若干の不安を覚えた。
ルビィ:「『策士策に溺れる』ってハメようとして、逆にハメられたときに言うんだよな?」
ネイ:「失敗するってことだからちょっと違うんじゃない? 『狸が人に化かされる』とかじゃないかしら。」
ルビィ:「なるほどな。ネイもロクシーも狸って訳だ。」
ネイ&ロクシー:「何よそれ。」「どういう意味デスか?」
ルビィ:「ん? 深く考えずに言ってみただけだぜ?」




