第80話 神降臨
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フェルミの足元で森から飛び出してきた丈の低い二人がお辞儀をしていた。まるで身分が物凄く高い人に対して平伏している様に。
「あははっ。見て見て。やったわ、碧矮族よ。」
戦闘が終わって警戒を解いた僕らにネイ達が近づいてきて言った。
「まさか、……本当に居たんですね。」
アルテアがネイの隣で言った。
「チェンジ。」
僕は武装を解除し、ネイに振り向いた。
「オパスって何だい?」
「幻の大陸に住むと思われる亜人よ。人間、賢人族、猫耳族、鬼人族などに並ぶ知的生命体よ。その特徴は、肌は緑がかっていてかなり小柄。」
ネイがフェルミの方を指さして言った。その先には恍惚状態から覚めたフェルミが困った様子を見せていた。平伏されているのだから無理もない。
「行くわよ。」
ネイがフェルミの方に向かって行こうとしたので、万が一の事を考えてそのちょっと前を歩き先導した。
「「……様。神様。神様。」」
碧矮族の二人はフェルミに平伏して何度もそう唱えていた。僕と目が合ったフェルミがちょっと首を傾げ、どうしたら良いのか分からないと言いたげな顔を見せて来た。
「面白いことになってるわね。」
そう言ったネイは、例の企みの表情だ。嬉々としているとも言える。そして僕とアルテアの腕を掴み、フェルミの横に並んだ。水夫たちは少し離れていた。リダは平伏している二人の横にしゃがみ込んでその様子を覗き込んでいる。
「お前達、顔を上げなさい。」
ネイは碧矮族に向かって低い声で言った。その二人はゆっくり顔を上げた。
「チェンジ。」
ネイはそっと言って変身した。髪を結い上げアクセサリーを装い、貴族らしいドレスを着たネイは神々しくもあった。その変身を見てかなり驚いている二人。
僕とフェルミの変身を見ていなかったのかな?
「お前達は、これを神だと思っているのか?」
ネイがフェルミの肩に手を置いて切り出した。手を置かれたフェルミはじっとネイの顔を見た。ネイの口調がいつもと違って、かなり芝居がかっている。
「「はい。」」
二人はしっかりとした声で話した。フェルミが二人の方に視線を戻す。
「なぜ故?」
低い声のまま、ネイが問う。フェルミがまたネイに視線を送った。
「オラの村の予言だ。『ピルカリスの初鳴きの日、海から戦神が現れ、他の神をこの地に導く』と言われてるんだ。今日はその日だ。そしてあの戦い方は正に戦神だった。さらに戦いの最後に、戦士が神と同化する儀式をしていた。オラの村の戦士達の秘密の儀式を神様以外が知っている筈がない。それにオラ、人に神様が憑依するのを初めて見た。」
腰巻を巻いている碧矮族が答えた。
それは憑依じゃなく、変身なんだけどね。
「なるほど。その慧眼には感服した。そう、私たちは神だ。」
え!? ネイが言い切ったぞ!
「もしや、お前達は神に通づる一族の者か?」
続けて二人に尋ねるネイ。
「村の全員がそういう訳ではないです。でも、アタシは巫女候補です。」
貫頭衣を着た碧矮族がそう言うと、ネイが一瞬ニヤリとした。僕以外の人間は見逃していた様だが。
「そうか。そなたに我が寵愛を授けよう、これをその証とせよ。」
ネイはイヤリングを外して巫女候補だと名乗った碧矮族に渡した。恭しく受け取る碧矮族。
「これ以上長居は出来ぬ。後はこの者の言葉に従え。」
ネイがその様な意味不明の言葉を言った直後、その場に崩れ落ちながら小声で『チェンジ』と言った。
「ネイ!」
僕はすんでの所で変身を解いたネイを支え、ネイが完全に倒れこむのを防ぐことが出来た。
「お芝居よ。」
ネイが耳元でそっと囁く。
「……。」
何も言えない僕を気にせずに、ネイが立ち上がって言う。
「ごめんなさいね。神の憑依が解けたわ。」
誰も返す言葉が無かった。碧矮族の二人は真摯にネイの様子を見つめているが。フェルミは碧矮族とネイのやり取りを目で追い続けていた。
「さて、自己紹介するわね。私はネイ。普通の人間よ。ただし知識神の化身なの。さっきの様に神が憑依することは滅多に無いわ。多分、あなた達との出会いが運命で導かれたものだったのかも知れないわね。」
おいおい。
「そして、あなた達が戦神と言っている子がフェルミ。普通の猫耳族よ。ただし戦闘神の化身なの。だから神様って呼ばずに、私たちの事は名前で呼んで頂戴。ちなみにこの世界には、私とフェルミとあなた達とで姿が少しずつ違って大部分が似ている様に、色々な人類が住んでいるわ。」
そしてネイが僕を手で指し示す。
「そして、この人はロック。普通の人間よ。ただし豊穣神の化身よ。」
続けてアルテアを手で指し示して、
「最後にこの人はアルテア。化身ではない普通の人間よ。私たちは化身かどうかを別にして仲間なの。そして、あなた達と友好な関係を築きたいと思っているわ。あなた達の名前は?」
「オラはズベン。戦士見倣いだ。そしてこっちがオラの妹のエル。巫女候補だ。」
エルはネイから貰ったイヤリングを大事に両手で持っている。
「よろしく、ズベン、エル。いきなりお願いを言って申し訳ないのだけれど、今ここで起こった一部始終を村の長に話してもらえないかしら。私たちが突然村に行ったら騒動が起きるかも知れないでしょ? 私たちはあなた達二人が戻ってくるまで、この砂浜で待っているわ。」
「分かった。待ってろ。」
二人は元来た森の方に走って行った。二人とも足がかなり速い。
「ネイが何をしたいのかさっぱりだよ。」
僕はネイに言った。フェルミが大いに同意した様に何度も頷く。
「あははっ。種を蒔いたのよ! さて、これからどうなるのか楽しみね。皆、一旦海岸に戻りましょう。水や食料補給、そして探索は彼らが戻ってきてからよ。」
「一旦、探索はお預けですね。」
アルテアがネイに応じた。ネイは軽やかに鼻歌交じりに海岸の方に歩いて行った。アルテアと水夫の一行もそれに追従する。
「フェルミ、ゼロ、僕らは警戒を解かないでおこう。」
何が起こるか分からないしな。
「結局、何が起こったん?」
フェルミが聞いてきた。
「ネイの悪い病気が始まったのかも知れないな。」
「ネイは具合が悪いん!?」
「大丈夫、そんなことは無いから気にしなくても良いよ。むしろ元気になったんじゃないか?」
「ふ~ん。よく分からんばい。」
「僕もさ。」
海岸に戻る途中、フェルミはクロガネを回収し変身を解いた。その手には炒り豆入りの袋があった。
「神を名乗るか……。」
リダが僕の隣でぼそりと言った。
フェルミ:「ロック、此処の砂浜は広いけん、ちょっと手合わせせん?」
ロック:「デルファが居ないから真剣ではちょっとな。」
フェルミ:「無手やったら良いっちゃろ?」
ロック:「よし、やるか。フゴッ!!」
フェルミ:「にゃはは~。ロック、油断は禁物ばい。」
 




