第77話 探検船アルバトロス号
* * *
――怪しい船が見つかって数時間後のことである。
僕はネイとアルテアと共に絶海で発見した船の船長室に居た。
ゲルビーツ船長達は、その船を発見した後、慎重にブラック・スノーボール号をその船に寄せた。その船はブラック・スノーボール号より細めで、船首楼や船尾楼が低かった。マストには帆が張られていたが、ほとんどの帆はローブが緩んでいるため風を捕まえずになびいているだけだった。そして甲板にもマスト上部にも人影はなかった。乗員が居るなら乗船許可をもらうべきらしいのだが、相手が居なければ仕方がない。ビルゲーツ船長は数名の水夫をボートでその船に送り込み乗船を試みた。
船内を調べた彼らの報告では、腐敗した遺体が二体、キャビンで見つかったらしい。服装などから船長や航海士、船客ではなく水夫であると思われた。僕らが乗船する前に遺品を回収しゲルビーツ船長の簡易葬儀の下、水葬したとのことである。ゲルビーツ船長は現在、ブラック・スノーボール号に座乗して発見した船の調査を指揮していた。
「見てロック。イナム家の紋章よ。」
ネイが船長室の壁の一部を指さして言った。そこには斧が交差した盾にカモメと鳶が留まっているデザインの紋章があった。
「イナム家……。」
どこかで聞いたことがあったがすぐに思い出せなかった。
「アルバート=イナム。ディミトリオス=イナムって言ったら思い出せるかしら?」
「ああ! ディムの家か。ってことはこの船はサルファの船ってことか?」
「そう。サルファ国の貴族の一つであるイナム家の所有物よ。」
「国王家の船ですか……。」
先ほどからずっと室内で何かを探している様子のアルテアが言った。
「何を探しているんだい?」
「航海日誌を探してるんです。」
「机の引き出しじゃない?」
「鍵が掛かってまして。外に出てないかと探してるのですが見つかりません。やはりこの中でしょうか。でしたら、鍵が無いと開けられませんね。無理やり壊してみます?」
「乱暴な手段を取る前に、ちょっと試してみるわ。」
ネイがそう言ってポーチの中から細い金具を取り出した。そして両手で一本ずつ金具を持ち、引き出しの鍵穴に刺しこんだ。中を探る様に細かく金具を動かすネイ。
「そんなに複雑な錠ではなさそうね。これなら何とかなるかも知れないわ。」
刺しこんだ二本の細い金具を左手で固定し、さらにもう一本の細い金具をポーチから取り出して刺しこむネイ。右手の金具をしばらく動かし、そしてそれら細い金具を左に捻った。
カチリ。
「あら、偶然にも上手く行ったわね。」
偶然!?
「もしかしてネイさんは、ピッキング能力者ですか?」
驚きながら、そう尋ねるアルテア。
「こんなの能力じゃないわ。技能よ。あ、いえ、たまたま運よく開いただけよ。えっと、ちなみにこの道具は骨董品を手入れするときの分解用の道具よ。私はピッキング技能なんて持ってないわ。二人とも分かった?」
ああ、分かった。それはピッキング用の道具だな。
「そうなんですか。ネイさんは器用なんですね。」
ネイの言うことを鵜呑みにしている様子で答えるアルテア。
「アルテアは知らないし、ロックは知ってるのだけれど、私は骨董品を集めてそれをいじるのが趣味なのよ。だからそのための道具なの。」
知らない人が聞いたら信じられる発言かも知れないが、ネイの事を知っている僕はもちろん信じられない。
「僕もネイの骨董品集めを手伝わされているんだよ、アルテア。」
僕はネイの言い訳の援護射撃をしておいた。ネイを見ると、ちょっと睨んだ様子でこっちを見ていた。
何で睨むんだ? 僕が信じていないことがバレているのか? しかし、ネイがピッキング技能持ちだったとは。
ネイの前に錠は無意味なんだな……。
「ありましたよ。」
引き出しを開け、中から航海日誌を取り出すアルテア。机の上でそれを開き読み始めるアルテアとネイ。僕が覗き込むにはスペースが足りないので部屋の様子を眺めていた。脇に置かれているチェストの上にゼロとリダが座って居る。
「おぬしが惚れておるのは仕方ないが、あやつには気を付けた方が良いぞ。」
リダが皆には聞こえない声で言った。
『どういう事だい?』
僕はリダだけに通じる思念を発した。
「言葉通りじゃが?」
『よく分からないな。』
「まぁ、熟女好きマゾのおぬしであれば問題ないのだろうがな。」
『ま、益々、訳が分からないじゃないか。』
「せいぜい楽しむことじゃ。」
付き合いきれないと言いたげに、肩をすくめるリダ。まったく、何を言いたいのだろう。
* * *
僕とネイ、アルテアとゲルビーツ船長がブラック・スノーボール号の船長室に集まっていた。リダは退屈そうに部屋の中をうろうろしている。
「さて、航海日誌と船長室の状況から分かったことを報告するわね。船倉の状況から分かったことは後から教えて頂戴。」
ネイがゲルビーツに言った。
「わかった。では、報告を頼む。」
ゲルビーツの発言に頷くとネイは話を続けた。
「あの船は、アルバトロス号。サルファ商国のイナム家が所有する船よ。その航海の目的は未だ伝説とされている南方新大陸の発見だったわ。ただその目的は果たすことが出来ずに漂流する羽目になったの。無風地帯を南下することを試みたみたい。そして大陸を発見できず、水も食料も底をついてしまった。航海日誌には船長が生きていた時の記録しか残っていなかったわ。最後の記録の時点では、船長と水夫が三人のみ。航海士や他の水夫は死んでしまってた様ね。亡くなった彼らは水葬したらしいわ。その後は推測だけど、残りの四人の最初の犠牲者が船長ね。航海日誌に記録できる人が亡くなったのよ。それから残りの水夫も一人亡くなって、最後の二人は誰にも水葬されずにアルバトロス号に残ってたという訳よ。これが船長室で得られた情報よ。それで? 船倉などの状況は?」
ゲルビーツ船長は一度頷き、話し始めた。
「輸送している物は、水と食料だけだった様だ。交易品は一切搭載していなかった。船倉は空の水樽と空箱ばかりさ。アルバトロス号は最新の型だな。そして新造船だったからか、ビルジ、つまり船の外殻から船内にしみ込んできている海水だが、思ったより多くは無かった。探検用の船だと言われれば、状況からして他に変わった点は無いな。それで、あの船はどうすれば良いかな?」
「そうね。イナム家とは繋がりがあるから、一旦アルヴィト家で預かりましょうか?」
「アルヴィト家?」
ゲルビーツ船長が良く理解できていない様子で言った。
「ええ、一応私はサルファ国のアルヴィト女男爵よ。先代サルファ国王から叙任されたの。現サルファ国王、つまり現イナム家当主とも親交があるのよ。」
ゲルビーツ船長とアルテアが少し驚いた様子でネイを見ている。
「なるほど。では船籍と管理に関しては頼むとするか。サルファに着いた時の面倒臭そうな事後処理等もあるんだろ?」
ゲルビーツ船長がネイに尋ねる。
「ええ。代わりと言っては何だけど、操船関連はお願いできるかしら?」
「構わんよ。水夫の何人かをアルバトロス号に移して並走させるさ。あっちの方が足が速いからな。何、命綱の水と食料を毎日渡さなきゃならんのだ、陸地が見つかるまでは離反する心配は無いさ。そもそもそんな水夫は居ない筈だがな。」
ビルゲーツ船長が言った。
「私が指揮しましょうか?」
アルテアがビルゲーツ船長に聞いた。
「お前、もう独立したいのか? それはそれで構わんが、仮の船主次第だな。」
ゲルビーツはネイを見て、その意向を伺った。
「そうね。分かりやすくするためにサルファに帰航するまでの間、私がアルテアと水夫を雇用しても良いわ。その間はゲルビーツ船長は彼らの雇用支払いはゼロになる訳よ。今回の損分の補填にはなるんじゃない?」
「ああ、そうしてくれると助かるな。その雇用費はどうやって工面するんだ?」
「当然、サルファに戻ったらアルに、いえ、サルファ侯爵にばっちり請求するわ。それは心配しなくて結構よ。それにサルファに帰港する前に現金が必要だったら、例えば途中で寄港できる港があったりした場合は、その雇用費用を途中でも支払う用意もあるわよ。」
「なるほど。それもイナム家の繋がりの賜物という訳か。」
「ええ。では詳しい契約を詰めていきましょうか。アルヴィト家はアルヴィト商会という交易商もやってるから、商会との契約ってことで良いかしら? アルテア?」
何かを企んでいる顔になっているネイがアルテアに聞いていた。
「船主と船乗りとの間の契約は信用で成り立ってますが、私の信用はどうなんですか?」
単に応じるのではなく、自らの評価を確かめるアルテア。
「探検家になりたいと言う野心があれば信用するわ。私がそれを叶えてあげられるかも知れないし、私も探検家と手を組んでも面白いかなと思っているのよ。関係が切れる様な愚行はあなたにとっても損だと思うわよ。あなたはそんなことしないと思うけど、どう?」
「いいですね。まさに渡りに舟ですね。」
アルテアは嬉々として言った。
「今から乗り切らなければならないその『渡り』は前途多難なのだけれどもね。」
ネイが右手を差し出し、アルテアはそれに応じて二人は握手をした。
アルテア:「またネズミを捕まえてくれたんですね。」
ゼロ:「にゃ」
アルテア:「ゼロは賢いですね~。よしよし。」
ゼロ:「にゃ」




