第70話 アイーアへの船旅2
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――サルファを出て十日後である。
サルファを出港してからずっと、就寝時のゼロとの意識交換による体力づくりは続けていたし、デルファ、フェルミに剣技の朝練を付き合って貰っていた。そしてさらに、僕は魔法が使える様になるためにデルファの講義を受け続けている。
いつもの様に船首甲板に集まって僕らは会話をしていた。ネイとロクシーは次の商売ネタをどうするか相談している様だ。しばしば『利益』や『レート』といった言葉が聞こえてくる。ゼロは船首の手すりに乗って船の進行方向を眺めている。フェルミが豆を三個連続で空中にはじき上げ、それらを口でキャッチした。
いつもフェルミは豆を食べてるよな。一体どれ位の炒り豆をこの船に持ち込んだのだろう?
「それでは、詠唱の練習をするでござるよ。」
デルファが僕に言った。
「よろしくな。」
今日からデルファの魔法の手ほどきが実践に移るのだ。
「これまでの座学でずっと言ってきた通り、魔法を使うには詠唱が出来ることと、顕現化魔素体の聖刻を持っている事の二つが必要でござるよ。」
デルファから詠唱魔法使いになるための講義を、このところずっと受けてきたのだ。デルファ曰く、魔法の使い方を理解するのはそんなに難しいことではなく、むしろ使うこと自体が困難であるらしい。魔法を使える素質も必要だし、鍛錬も必要とのことだ。
「魔法は詠唱で術式を呼び出すことで発動させる。その術式は顕現化魔素体が持っている。ただし顕現化魔素体はそれに対応した聖刻を持っていないと詠唱で使えない、だろ?
そして、たとえ聖刻が無くても、詠唱を使った準備手順だけは練習できるってことだろ?」
「その通りでござる。詠唱の前段階の『準備』ができるかどうかが、魔法使いになれるかどうかを決定すると言っても過言でもござらんよ。ロック殿は能力者であるから、恐らく可能だと思うのでござる。
それでは、まずこれを持ってくだされ。」
デルファは小さなガラス製のお守りを懐から取り出した。
「それは? ルーシッドから貰った縁結びのお守りじゃないか?」
「覚えていたでござるか? そう、これを目印にするのでござるよ。」
「目印?」
僕はそのお守りを受け取りながら聞いた。
「詠唱で魔法を紡ぐ『窓』を呼び出すのでござる。『譜面』『録盤』と言う人も居るのでござるが、小生は『窓』と呼んでいるのでござる。初心者には、これがなかなか呼び出せないのでござるよ。お守りは、少しでもそれを補助するための『目印』として使うのでござる。」
「なるほど。どうやって使うんだい?」
「先ずお守りを握って手を前の方に出すのでござる。その位置を良く見て覚えておくのでござるよ。そして目を瞑ってくだされ。そして集中して真っ暗な空間が広がっているのをイメージするのでござる。それが終わったら、お守りがあった場所に小さな緑色の点が有るので、それを見つけるのでござる。」
「やってみるよ。」
僕は言われる通りお守りを握った手を前に出し、目をつぶって緑の点を探した。目を瞑っても完全な闇では無かった。
確かこれを完全な闇と感じるまで集中するんだったよな。
僕は集中して闇をイメージした。今見えている白いチカチカした点や赤い雲状の塊をなるべく無視しながら……。
……ふむ。足元に格子柄の床の様なものが出てきた。
床の格子は仄かに緑色に光っており、それ以外の床面は漆黒だった。床以外は完全な闇だ。床は果てしなく遠くまで続いている。自分の姿はこの空間には映されてはいない様だ。
探すのは目の前の緑の点だよな。白い点は幾つかあるのだけれど、緑の点は……。無いな。うむむ、小さいから見えないんじゃないか? だとしたら近づいたら見つけられるかな?
僕はその空間を動かしてお守りの位置に移動する様にイメージしてみた。格子柄が僅かにこちらに向かって動いた。そしてそこに緑の点が、
「あった!」
そう言った瞬間、僕がイメージした空間が霧散してしまった。一旦僕は目を開けた。
「見つかったでござるか?」
デルファが僕の方を見ながら言った。前髪がデルファの目を隠しているので、はっきり分からないが恐らくこっちを見ている筈なのだ。
「あれが『窓』なのかどうか分からないよ。僕が勝手に思い浮かべただけかも知れないし。」
「まぁ、それは本人しか分からないでござるよ。『窓』の目印が見つかったら、今度はそれを手前に引き寄せて視野いっぱいに拡大するのでござる。もちろん、目を瞑ったままでござるよ。それが出来たらその『窓』に詠唱していくのでござる。」
僕はデルファに教えてもらった様々な魔法記号を思い出した。
「イメージで例の記号を配置していくんだよな。」
「そうでござる。記号の並び順が正しくないと上手く機能しないでござるよ。小生はそれを台詞として覚えておき、それを発声しながら配置しているのでござるよ。人それぞれであるからして、ロック殿は自分のやり方を見つけると良いでござる。」
「分かったよ。」
「まずは、『窓』を引き寄せる練習をすると良いでござるよ。そしてお守り、つまり目印無しで引き寄せられる様に練習をするのでござる。そしてその後、目を開けた状態でそれができる様にするのでござる。」
そう言えば、魔法使いは目を開けたままで魔法を使っているんだよな。
「目を開けて、か……。」
「そうでござる。とは言え、目印をずっと持っている魔法使いも居るでござるよ。宝石を先に付けたロッドを持っている魔法使いを見たことはござらんか? 魔法を使うとき視界に入る様に前に突き出しているでござろ? さらに詠唱の最初だけ目を瞑る魔法使いも居るでござるよ。」
「つまりそういう魔法使いは二流ってことかい?」
「いやいや、そうだからと言って二流という訳ではござらんよ。むしろ格好悪いからといって道具を使わない結果、魔法発動が遅くなってしまう方が二流以下でござるよ。」
「そう言われればそうだな。目印は魔法がかけられた道具じゃなきゃダメなのかい?」
「何でも言いのでござるよ。集中を助けるのであれば本当に何でも良いのでござる。想いのある品であったり、高価な物であったり、目印になりやすいと思い込まされたものであったり。おっと、最後は失言でござるな。」
「最後はわざとだろ? これは返すよ。」
僕はお守りをデルファに返した。
「よろしいのか?」
「あぁ、とりあえずこれを使うよ。」
僕は左手の鷹の意匠が描かれているグローブをデルファに突き出した。ルビィとデルファの悪ふざけの結果作り出された品だとしても、カラーズの一員であることを誇りに思える点で『想いがある品』と言える。魔法装備でもあるしな。他にネイから貰ったブラッドサッカーも有るけど。
「おお、それは妙案でござるな。青鷹のロックが魔法を使うときはそのグローブを突き出すのでござるな。」
デルファは何かを想像しながら笑顔を見せた。
「小生も、グローブを前に突き出すと言うのもアリでござるな……。」
「デルファは要らないんだろ? 目印。」
「『窓』の使い方は前の世界のと似ていたのでござるよ。」
首肯しながら話し始めるデルファ。
「鉄の船や鉄の馬車を操作したり、離れたところでの会話するための魔法の箱の話をしたことがあるでござろ? 小生はその魔法の箱で魔法を練っていたのでござる。魔法の箱をのぞき込むとそこには『窓』が有ったのでござる。であるからして、イメージしやすいのでござるよ。小生、その様な前の世界の記憶があるから、こう見えて魔法の上達は早かったのでござるよ。その点では、師匠も褒めてくれるのでござる。」
「そうなんだ。それは心強いな。」
ふと周りを見ると、ネイがこちらを見ていた。
「魔法は上手く行きそう? ちゃんと修得できるかどうか見てるわよ~。」
ネイがロクシーの肩に腕を回し引き寄せ、二人してニヤニヤしながらこちらを見ていた。
ロック:「ネイとロクシーは仲がいいな。」
ロクシー:「オー。それは心外です。」
ネイ:「心外の意味分かってる?」
ロクシー:「もちろんデス。ネイがズカズカと私のプライベートに土足で踏み入って来ることデス。」
ネイ:「それは侵害でしょ。」
ロクシー:「最初から、その意味でマスよ?」
ロック:「本当に、二人は仲がいいな。」




