第68話 予期せぬ事故
* * *
――ネイとロックがアイーアに出発することを決めた二日後のことである。
ゼロを入れて六人。カラーズ全員が昼過ぎの街道をサルファに向かって歩いていた。
クエストの帰りなのだが皆変身前の装備なので、傍から見たらクエスト帰りとは思わないだろう。
そのクエストは小型妖鬼の討伐だったが、カラーズフルメンバーだと物足りない感じがした。フェルミとルビィだけでもこなすことが出来そうだ。
「フォトラ、さっきも少し言った様に、僕とゼロとデルファは明後日からアイーアに行くんだ。ルビィとフェルミはサルファに残るから、フォトラが暫くクエストを回しておいてくれないか?」
僕はフォトラに言った。
「ええ、良いわよ。適当に見繕ってクエストを回しておくわ。」
「フォトラ~。もっとガンガン行こうぜ?」
ルビィが言った。
「ルビィ、フォトラの言うことはちゃんと聞いておいてくれよ。
それからフォトラ、ディムとレムを誘っても良いんじゃないか?」
「まぁ、都合が合えばね。」
フォトラは答えた。
「で、どうだ? 変身の具合は。オレンジフォックスのフォトラ。」
「気持ち良いでござろ?」
ルビィとデルファがフォトラに聞いた。
「気持ちの良さは脇に置いておいても、瞬時に装備できるのは良いわね。これってとてもすごい魔法だと思うのだけれど、どうやって調達したの?」
「小生の師匠の魔法でござるよ。」
デルファが得意げに応える。
「その師匠は何でもできそうね。もし良ければ、矢を補給できる様には出来ないのかしら? 毎回全ての矢を回収できるとも限らないし。」
フォトラが淡々と言った。
変身についてはもう少し驚いたりして良い気もするけれど、フォトラはあまり動じることが無い。経験が豊富なのかな?
「今度、師匠に相談してみるでござるよ。」
そんな話をしていると、街道の脇から一人の冒険者が駆け寄って来た。
「あなた達は冒険者か!? 助けてくれ! 僕らの冒険団が妖魔に襲われているんだ!」
その冒険者は息も切れ切れに言った。
「どんな状況なの?」
フォトラがその冒険者に聞いた。
「請けたクエストは小型妖獣討伐のはずだったんだ。そこに中型妖鬼も現れたんだ! ここから走って三十分ぐらいのところに廃屋がある。そこに仲間が籠っている!」
その冒険者は自分が来た方を指さして言った。
「どうする、ロック? 行くよな!? 俺らは軽装だから速く走れるぜ?」
変身前のルビィが駆け出す準備運動をしながら聞いてきた。
「ロック達に恨みを持っている冒険団が張った罠の可能性はござらんか? 」
デルファが別の可能性を出してきた。そう、例えばエリト率いるレッドブーツだ。
「その可能性があっても、妖魔に襲われていると言っているんだ。行こう!
えっと、君は妖魔の種類と数は分かっているのか?」
僕はその冒険者に聞いた。
「小型妖獣と小型妖魔がそれぞれ十数匹と中型妖魔が二匹です。僕はナンドって言います。」
「結構居るわね。小型妖獣のリポップポイントに、小型妖魔と中型妖魔が新たにポップして来たのかしら? かなり希なケースじゃない?」
フォトラが僕に言った。
「だったら、なおさら急がなければならないな。案内してもらえるか、ナンド。」
僕はナンドに言った。
「分かりました。頼みます! あなた達は軽装ですが、大丈夫ですか?」
「問題ない。行くぞ、みんな。」
カラーズ一行はナンドの誘導に従って駆け始めた。
* * *
「この丘の向こうです。」
ナンドは息も絶え絶えに言った。脚もふらふらになっている。往路に加え復路もずっと駆け続けたのだ、無理もない。
「ナンドは此処で待っててくれ、そんなに疲労していたら戦力になりそうも無いからな。回復したらゆっくり来てくれれば良い。」
僕はナンドに言った。
「よし! みんな、戦闘準備だ!」
カラーズの一同はナンドに背を向け、ナンドが指さした方に向かって歩き始めた。
「チェンジ! レッドブル!!」「チェンジ! グリーンスネーク!!」
ルビィとデルファが大声でポーズを決めながら変身した。赤を基調とした重装備のルビィの姿がそこにあった。マフラーの様なマントを羽織っている。そして、ズボンとブーツ姿で槍を携えたデルファの姿がそこにあった。鉢金付きの長い鉢巻をし、異世界のローブを羽織っている。
「チェンジ、イエローキャット。」
フェルミも変身した。クロガネを背負い、顔に戦闘化粧をしたフェルミの姿がそこにあった。鉄製のブーツを履いており、身体にぴっちりフィットした黄色地に黒のアクセントがある薄い革鎧を着ている。
「チェンジ、オレンジフォックス。」
フォトラも変身した。今まで持っていなかった弓を持ち、矢筒を背負っているフォトラの姿がそこにあった。さっきまでラフにまとめていた髪の毛が、しっかりと編み込まれていた。
「チェンジ、ブルーホーク。」
僕の場合は、基本的に普段着が革鎧に変わっただけだ。剣もブラッドサッカーも初めから装備している。魔法羊皮紙などを入れているポーチも増えているが……。
後方からナンドの感嘆の声が聞こえたが無視して前進した。ゼロは黒猫の姿のまま僕の横を随行している。
「デルファ、索敵を頼む。」
「エルピスの聖刻に依りて呼び求める。索界発動!」
「どう?」
フォトラがデルファに訪ねる。
「一カ所に小型妖獣と小型妖鬼が集まっているでござるな。正面の方向でござる。それぞれ十数匹でござるな。そしてこちらから見て左手に二体の中型妖鬼が居る様でござる。それ以外には、周囲に妖魔は居ない様でござるよ。」
「冒険者は分かるか?」
「小型妖鬼の中心に一人……、いや二人が固まって居る様でござる。まだ生きている様でござるよ。」
「よし行くぞ。」
僕らは駆けだした。丘を越えると石造りの半壊の廃墟が見えた。屋根は崩れ落ちているが二階の床が残っている。
その二階に盾を構えた冒険者が一人だけ見えた。時折飛びかかってくる妖魔を剣で払っていた。残りのもう一人はそこに居るのだろうか。
小型妖獣と小型妖魔はブラックドッグとリトルクラウンだった。中型妖鬼は異常に痩せ細った手足が長い人間の様だった。三本しかない指の先には、鎌の刃の様な爪が伸びている。口に相当する部分はスズメバチの腹部の様に突き出ており、黒い針の様なものが伸縮している。どす黒い赤色の複眼の様な目には禍々しい光が宿っていた。
「中型妖鬼はアイアンネイルよ。口から毒針を出すから正面は気を付けて!」
フォトラが言った。
「フェルミとゼロはリミットを解除して中型妖鬼を倒してくれ。残りは小型妖魔をかたづけるぞ!」
「わかったばい!」「にゃ」
フェルミとゼロが加速して手前の中型妖鬼に走っていった。
それを横目に残りの団員は廃墟の方に駆けた。ルビィが僕の左側を並走している。フォトラとデルファは後方から駆けていた。小型妖獣と小型妖鬼が駆け寄る僕らに気が付いた。そいつらの半分くらいがこちらに向かって走り始めた。妖鬼より妖獣の方が足が速い。
「射撃!」
フォトラの矢が僕の左側をすり抜けて、真っ直ぐ走ってくる妖獣を射抜いた。
ルビィと僕の前に一匹ずつの妖獣が迫って来た。僕は両の手の剣で目の前の妖獣を屠り、ルビィも盾で防御するまでもなく剣で妖獣を打ち倒した。後続の妖魔が次々と迫って来ている。
中型妖鬼の方をちらりと見ると、フェルミと人間の幼い少年姿のゼロがそれぞれ戦っていた。フェルミはクロガネを盾にしつつ戦っており、ゼロは素早い動きで相手を翻弄しながら戦っていた。小型妖魔があっちの方に向かっている様子はなさそうだ。あちらは二人だけに任せて良さそうだ。
僕はフォトラの射線を開ける様にルビィから離れた。デルファはルビィのやや左手後方に位置している。
「射撃!」
フォトラが正面から駆けてくる妖獣を次々と矢で射た。ルビィも盾で敵を押さえながら確実に屠っている。ルビィが取りこぼした妖魔をデルファが突く。二人の連携はなかなかのものに仕上がっている。僕も両手の剣を攻撃と防御に代わるがわる駆使し、妖魔を屠り続けた。四人の陣は確実にその廃墟に近づいている。
廃墟に近づくにつれ、二階の冒険者より僕らの方が攻撃しやすいと判断した小型妖魔たちは僕らの方にその矛先を変えて向かってきた。
当然、それは僕らにとって好都合だったし、思惑通りでもあった。
「フェルミとゼロは終わったみたいよ。」
フォトラが言った。僕は右手の剣で妖鬼を貫きながら、ゼロたちの方を見た。
ゼロとフェルミがものすごい勢いでこちらに駆けて来ていた。その後ろには二体の中型妖鬼が倒れており、そのうちの一体には墓標の様にクロガネが突き刺さっていた。
あっと言う間にフェルミとゼロが僕らを追い抜き、廃墟の方に駆けてく。そしてゼロが左手に、フェルミが右手に分かれた。廃墟周辺にまばらに居た妖魔たちは、二人とすれ違いざまに倒されていく。二人は廃墟をそれぞれ左右の方から回り込み、向こう側に行って見えなくなった。
「すげぇな! まるで黒と黄色の稲妻だ!」
こちらに向かってきた最後の一匹を突き刺したルビィが言った。
「黄色と黒の組み合わせは、危険色でござるからな。」
デルファがそう言ったとき、ゼロとフェルミが互いに左右の位置を入れかえた形で、廃墟の向こう側から姿を現した。
「デルファ、念のため探知を頼むよ。ルビィは魔核の回収を頼む。フォトラ、付いて来て。」
僕はそう言って、廃墟の方に駆けた。後ろの方でデルファの詠唱が聞こえた。
廃墟に付くと、その一階には冒険者が倒れていた。脈を取ったが絶命している様だった。
僕は近くに倒れていた梯子をかけて上り、二階に顔を出した。フォトラは梯子の下で僕が上るのを待っていた。
「大丈夫か?」
疲弊した剣士が座り込んでいた。遠目で見た、飛びかかってくる妖魔を払っていたのは彼なのだろう。その後ろの壁近くで一人の女冒険者が倒れこんでいた。
「ノアを治療していただけますか?」
その剣士は、肩で息をしながら言った。二階に上がり切った僕とフォトラはそこに居た二人を治療した。
* * *
――僕らは回復した彼らをハロルドワークに連れて帰った。一階に横たわっていた遺体も急ごしらえの担架に乗せて運んだ。ハロルドワーク曰く、あの現場は新規に見つかったポップポイントではなく、既知の小型妖獣のリポップポイントだったらしい。定期リポップに合わせて相応のクエストを斡旋したのだが、不幸にも新規ポップが重なったのだろうとのことだった。
それも二件同時に。今後、あのリポップポイントの討伐クエストは難易度を上げて斡旋するとのことだ。
そしてその貧乏くじを引いた彼らは、ハロルドワークに登録している新参の冒険団だった。剣士フリップをリーダーとして、助けを求めに走ったナンド、二階に倒れていたノアそして一階で死んでいたデコーの四人がその団員とのこと。今回のクエストは二回目の小型妖獣の討伐クエストだったのだ。
異常な事態が発生しているのに気づき、すぐに逃げ出したのだが間に合わなかった。ナンドを救援を探しに向かわせ、残りの三人で廃墟に籠もろうとしたが、盾役で残ったデコーが二階に避難できなかったとのことだ。
「……ということらしい。」
僕はハロルドワークのロビーで、カラーズの面々にハロルドワークへの報告で得た情報を説明した。
「あいつら、運が無かったな。」
とルビィ。
「明日は我が身でござるよ。冒険者とは何が起こるか分からないので、気が抜けないのでござる。」
デルファが真っ当なことを言う。
「運が無いってのは、俺とロックとフォトラは経験済みだけどな。」
いつもの軽い調子で、重い内容をさらりと言ってのけるルビィ。ジェイスが死んだあの件だ。
「……あの経験を越えて俺たちも結構強くなったよな。ジェイスが悔しがってるのが目に浮かぶぜ。」
ルビィが続けた。確かに色んな人に助けてもらいながら僕らカラーズは強くなっていると思う。
「それならルビィ、僕たちがアイーアに行っている間、フリップ達を気にかけておいてくれるか?」
僕はフォトラにも目配せしながら言った。
「分かったぜ、アイツらの特訓だな。」「分かったわ、ケアしておくわ。」
ルビィとフォトラが応えた。
それぞれ気にかけ方が違う様だが。
「ふ~む。ロックのお節介が始まったでござるな。別に悪い意味ではござらんよ。」
デルファが口を挟んできた。
フェルミは炒った豆をポリポリと食べながら、皆の会話を黙って聞いている。そんなフェルミと目が合った。
彼らの面倒をみるとなると……。
「フリップ達の面倒を見るとしたら、フェルミが退屈しそうだからアイーアに連れて行っても良いかな?」
「いいぜ。フェルミと訓練する代わりに、キャスティに魔法を習っておくさ。」
とルビィ。
「いや、それは無理だろ。」
アイーアに出発する前の軽いクエストの筈だったが、少し後味が悪い結果となってしまった。
こういう事故を無くす方法はあるのだろうか……。
バガス:「一旦ここを二章完了とします。皆さんの反応を、ドキドキしながらお待ちしております。誤字脱字の指摘も歓迎です。」
神奈:「先輩、ぼちぼち定時ですよ。帰れます?」
バガス:「……もう十時か……。」




