第66話 女五人寄らば ~ネイ~
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――ネイがロックに生い立ちの告白をした十数日後のことである。
夕食が終わり、取り留めのない団欒が終わった後、ロクシーとシィにはダイニングルームに残ってもらっていた。
「ねぇ、ロクシー。アイーア国に信頼のおける人物って居る? 例えば仲間に引き込んでも良いような人や、秘密を絶対に口外しない人みたいな……。」
私はそう話を切り出した。
「居ますヨ。今回アイーアに帰った時にちゃんと確保してきたデス。」
「あら、それは良いわね。」
「私の代わりに、仕入れと輸送をお願いするのデス。」
「どんな人なのかしら?」
「宗家の大番頭の次女デス。ディーネスっていう名前デス。今回、ワタシの仕事の為に引き抜いてきたのデス。ワタシの幼馴染みデスけどね。」
「その子、秘密は守れるの?」
「それは大丈夫デス。ワタシは、ディーネスの弱みをばっちり握ってるのデスよ。それはもう、ヤバいぐらいの。」
ロクシーは笑顔で答えた。
毒女に弱みを握られるとは、ディーネスも運が無いわね。
「それはそれは。ところで、アイーアに拠点は有るのかしら?」
「宗家の執務室を借りることにしたのデスよ。」
キャスティとデルファがダイニングルームに入って来て、私たちと同じ様にダイニングテーブルの椅子に腰かけた。ロクシーが僅かにデルファから身を離なした。
あれは無意識にやっているのかしら、意識してやっているのかしら……。
「ふむ、それはちょっと困るわね。別の建屋を確保できると良いのだけれど。」
「何故デスか? ワタシも滅多に帰らないからわざわざ居を構える必要も無いデスし、ディーネスも親が近くなので便利だと思うのデスけど。」
「キャスティ、ちょうど良かったわ。例の仕組みは出来上がりそうなの?」
私はロクシーに答える代わりに、キャスティに聞いた。
「ん。」
それだけ言って、キャスティはデルファを指さした。
「そうでござるな。あと二三日で仕上がる予定でござるよ。」
そのデルファの答えに満足している様にキャスティは両腕を組み繰り返し頷いている。
「そう言うわけよ、ロクシー。転送地点の一つ目、つまり此処なのだけど、その準備が終わったのよ。転送地点の二つ目を、アイーアに準備したらどうかしら、と言う話なのよ。」
「オー! 転送の話デスね?」
「転送ぅ? 何ですかぁ、それぇ。」
「あぁ、シィはあの話の時は居なかったわね。
ロクシーの仕入れと物の輸送を大幅に短縮できる手があるのよ。つまり転送ね。アイーアと此処の移動が一瞬でできてしまうからくりよ。それをアルヴィト商会が提供するの。そのことによって、今までの二対八の取り分が六対四に変わるのよ。」
急に目が輝きだしたシィ。眼鏡を押し上げこちらを見つめてくる。
「本当ですかぁ? アルヴィト商会の取り分が三倍になるのですねぇ。それは最優先事項ですぅ。」
……『転送』じゃなく、『三倍』の方に気が向いているのね、シィは。
「ええ。」
「そうなった場合、ワタシは暇になるので、新しい商売ネタを探したいデスね。」
「まぁ、それはお好きにどうぞ。だたし、そのためには転送拠点を用意する必要があるし、そこを管理したり、転送魔法を隠匿したりする必要があるのよ。それで、話が戻るんだけど、信用おける人が居るかどうか、そして新しい建屋を用意できるかどうか、ということをロクシーに確認したかったの。」
「物件ならアイーアの街の郊外を探せば有ると思いマス。実際に現地に行って物件をチェックする必要が有りマスが。」
ロクシーが何か考えている様子で言った。
「やっぱりぃ、この案件はぁ、最優先に投資すべきですぅ。ネイ、投資額はどの位なのですかぁ?」
シィは胸の前に両手を合わせて尋ねて来た。
「ワタシが投資しマス。アルヴィト商会のものではなく、その拠点は私の資産としておきたいデス。問題無いデスか? ネイ。」
ロクシーが身を乗り出して私に言ってきた。
「転送陣の利用権はアルヴィト商会に有るから、拠点もアルヴィト商会で工面しようと思っているのだけど良いの?」
「頻繁に帰れるのデしたら、土地や建物自体をワタシのものにしておきたいのデス。」
「ふ~ん。何か考えがあるのかしら? 別に良いわよ。拠点はロクシーにお願いするわ。ところでキャスティ、転送の準備にはどの位費用が掛かるの?」
「ん。」
それだけを言って、キャスティは再びデルファを指さした。
「特定の広さの転送部屋を作るための材料代と工事費を用意して欲しいでござる。部屋を早く作り上げるには大工に頼んだ方が早いでござるよ。その後の魔法の仕上げは無料で良いでござる。そうでござるな? 師匠。」
「うん。利用料で回収する。」
満足げに頷くキャスティ。
「そうとなれば早速なんだけど、アイーアに転送の第二拠点を設立する旅に出ましょう。ところでキャスティ、第二拠点を作り上げるにあなたもアイーアに行くのよ?」
「行かない。」
キャスティが即答した。
「え?」
「キャスティが行かなきゃ第二拠点が作れないじゃないの。」
私はキャスティに言った。
「ん。」
それだけを言って、キャスティはまたまたデルファを指さした。
「小生がアイーアに行けば、第二拠点を作れるでござるよ。転送陣の構築方法は師匠から伝授済みでござる。ここの拠点もほぼ小生一人で作ったのでござる。初回なので、もちろん師匠の指導付きでござるが。」
なるほど! 意外とデルファは使えるヤツなのね。あの邪魔な前世の記憶さえなければ……、それだけが残念で仕方ないわ。
「マグシムネの拠点はどうするのでござるか? ネイ殿が掘り出し物を売買するのはマグシムネが都合が良いのでござろ?」
デルファがもう一つの転送拠点の話を持ち出してきた。意外といろいろ気を回してくれる。
いやいや、例の妄想があるから油断ならないわ。
「それなのよねぇ。信用のある拠点の管理人が居ればいいのだけれど。まぁ、一人の心当たりがあるのだけれどね。」
私はデルファの質問に答えた。
「それはルーシッドでござろ?」
鋭いわね。
「恩返しをするって言った手前、あそこから沢山買ってあげないと。ルーシッドは鑑定眼もあるから、役立つと思うわ。だから仲間に巻き込んであげても良いかと思うのよね。」
私は皆に言った。
「『巻き込んであげる』なのでござるな……。」
デルファがつぶやいた。
「ネイぃ、無駄遣いしないでくださいねぇ。」
財布の紐を握っているシィが眼鏡を手で押し上げながら釘を刺してきた。
「それはダメ。もっと沢山買うべき。」
キャスティが私を応援してくれている。
もっと頑張って、キャスティ。
「アイーアまでの旅行の件だけど、カラーズの活動も一時中断しなければならないかも知れないから、ロックと相談してみるわ。」
「ネイでしたら、一方的に命令できるんデは? ロックを尻に敷いているんデスよね。」
ロクシーがニコニコしながら言ってきた。
「ロクシー? つまんない事言ってんじゃないわよ。憂さ晴らしに、デルファと二人っきりの部屋に閉じ込めるわよ?」
「小生は構わないでござるよ。ロクシー殿にはしっかりと前の世界の話を聞いていただきたいでござる。ロクシー殿が気に入りそうな前の世界の話をすることもできるでござるよ。」
ロクシーの顔が引きつっている。言葉も出ない様だ。
「男嫌いは仕方ないでござるが、安心してくだされ。小生、前の世界では女だったでござるよ。」
「な……。」
私は言葉を失った。デルファがこれ程まで異常性を抱えているとは!
ロクシー:「ぜ、前世は女の人だったのデスか?」
デルファ:「そうでござるよ。あとロクシー殿が好きそうなネタも知っているのでござるよ。」
ロクシー:「ワ、ワタシが?」
デルファ:「禁断の……、いやいや、今日は止めておくでござる。」
ロクシー:「チ、チョロく無いのデスね。ロックと違って……。」




