第64話 下準備
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夕食後の団欒が終わって、就寝にはまだもう少し間がある中途半端な時間、僕は自分の部屋でそろそろ寝る準備でもしようかと思っていた。ゼロは窓際の寝床で丸くなっていた。
その矢先、僕の部屋の扉をノックする音がした。
「どうぞ。」
僕が答えると扉が開き、そこにデルファが居た。
「ちょっと良いでござるか?」
「ああ、何だい。」
「贈り物を持ってきたでござるよ。」
デルファは木でできた人形の様な者を抱えて部屋に入って来た。僕に部屋の片隅にそれを置くと、部屋を出て行った。そして再度、もう一つの人形を抱えて部屋に入って来た。その人形二体は、人間と同じくらいの大きさがあった。
「何なんだい、それ?」
僕は素朴な質問をデルファに投げかけた。
「ゴーレムでござる。」
「ゴーレム?」
「左様、師匠が作った変わり身ゴーレムでござるよ。このからくりはロック殿のアイデアをベースにしたと言ってたでござる。」
何のことだ?
「よく分からないんだけど、変わり身ゴーレムってなんだ?」
「説明は後でするでござるよ。ロック殿の髪の毛を一本所望いたしたく、失礼するでござるよ。ゼロ殿のひげも所望するでござる。」
デルファが僕に寄ってきて髪の毛を一本抜いた。
そのあとゼロのひげも一本抜いた。ゼロはちょっと嫌がっているみたいだった。
そしてデルファは人形の所に行き、右手に摘まんだ僕の髪の毛をその人形の胸に触れさせ、手の平で抑えた。
「グローリアちゃんの聖刻に依りて呼び求める。来たれ収魂の力。来たれ識別の力、来たれ転送の力。来たれ護身の力、来たれ方陣の力、来たれ特派英装錬成の力。一つ、収魂対象は我が手の接触なり。一つ、識別対象は我が手の接触なり。一つ、転送対象は収魂の仕儀及び識別の仕儀なり。一つ、護身対象は識別の仕儀なり。一つ、方陣対象は転送の仕儀及び護身の仕儀なり。一つ、特派英装錬成対象は収魂の仕儀、識別の仕儀、収魂の仕儀及び方陣の仕儀なり。収魂、識別、転送、護身、方陣、特派英装錬成発動!」
デルファが詠唱を実行すると、その人形は暫く虹色を放ち、そして徐々にその形を変えていった。形が変わったと言っても大して元の形と変わった訳では無く、本当の人間らしい造形に変わっただけだった。
それは僕の体格とほぼ同じ人型だった。
「次が、少々やっかいなのでござるよ。」
デルファは独り言の様に言い、もう一体の人形の前に移動した。
「グローリアちゃんの聖刻に依りて呼び求める。来たれ収魂の力。来たれ識別の力、来たれ洞観の力、来たれ定着の力、来たれ転送の力。来たれ護身の力、来たれ方陣の力、来たれ特派英装錬成の力。一つ、収魂対象は我が手の接触なり。一つ、識別対象は我が手の接触なり。一つ、洞観対象は識別の仕儀なり。一つ、定着対象は洞観の仕儀なり。一つ、転送対象は収魂の仕儀及び洞観の仕儀なり。一つ、護身対象は識別の仕儀及び洞観の仕儀なり。一つ、方陣対象は転送の仕儀及び護身の仕儀なり。一つ、特派英装錬成対象は収魂の仕儀、洞観の仕儀、収魂の仕儀及び方陣の仕儀なり。収魂、識別、洞観、定着、転送、護身、方陣、特派英装錬成発動!」
再度デルファが詠唱を実行すると、もう一つの人形は一体目とは違い、小さい人型にその形を変えた。
それが終わると、デルファのゆったりとしたローブから、ゴキブリが出てきた。いや、あれはグローリアちゃんに違いない。
「師匠から、お借りしてるのでござるよ。」
僕の視線に気づいたデルファが言った。大きい方の人形の両手には青いグローブが、小さい方の人形の両手には黒いグローブが装着されていた。
その手の甲の紋章はそれぞれ鷹と狼だった。
「……まさか。」
「おや、流石ロック殿でござるな。気づきなされたか?」
「まぁ、大体ね。」
「では、使い方を説明するでござるよ。ゼロ殿も聞いておいてくだされ。」
「あぁ、頼むよ。」「にゃ」
僕は半ばあきらめ気味にそう答えるのがやっとだった。ゼロの感情は良く分からなかった。
「これは変わり身ゴーレムでござる。背の高い方がロック殿用、低い方が人化したゼロ殿用でござる。体格は貴殿らとまったく同じでござるよ。つまり、ゴーレムに着せられるものは貴殿らも着ることができるのでござる。
普段は左手のグローブを自分自身にはめておくのでござる。そして右手のグローブをはめているゴーレムに変身後の装備を装着しておくのでござる。左右を入れ替えても機能の仕組みは変わらないので、好きにしたら良いのでござるが、カラーズとしては普段着が左手グローブ、変身後が右手グローブに統一して運用するのでござる。」
さらりと『変身』と言ったデルファ。まぁ、もう分かってたけれど……。
「装備や衣服を装着する際、ゴーレムの手足を動かすことができるのでござる。片脚をあげるときには、倒れない様に自動的にバランスをとるのでござるが無理な体勢を取らせようとすると、倒れてしまうので注意が必要でござるよ。
ゴーレムに変身後の装備を装着するもっとも簡単な方法は、ゴーレムに何も装着していない状態で変身してしまえば良いのでござる。そうすると本人が裸になるので、その状態で変身後の装備品を装着し、そして変身解除すると、変身後の装備品をゴーレムが装着している様になるのでござる。
要するに、変身及び変身解除とは、ゴーレムと本人の装着しているものを入れ替えることなのでござる。」
「入れ替えたくないものがある場合はどうすればいいんだ? 例えば、ルビィが使っている剣は普段も変身後も持っていたいと思うんだが。」
僕は、ブラッドサッカーを変身前も変身後もずっと持っておきたかったので聞いた。
「順に説明するでござるよ。
まず、変身も変身解除も、装備を入れ替える機能でござる。そして基本的に、ゴーレムが装着している物は例外なく全て入れ替え対象になるのでござる。
それから、この基本に反して入れ替え対象にしない方法があるのでござる。それは、入れ替え対象にしたくないものを、その様に意識するのでござる。意識するのを忘れると入れ替え対象になるので注意が必要でござるよ。」
「意識するだけで良いのか?」
「これは、習うより慣れろで練習しておいて欲しいのでござるよ。」
「なるほどね。あと、どうすれば変身できるんだい?」
「小生らの変身を見たでござろ? まず左手で拳を作り天高く突き上げ、そしてその左手を顔の前に持ってくると同時に手を広げる。手の平を自分の方に向けるのでござるよ。右手は左手を突き上げた時からずっと右腰辺りで力強く握っておくのでござる。そして大きく叫ぶのでござる。『チェンジ! ブルーホーク!!』と。ゼロ殿の場合は『ブラックウルフ』でござるよ。」
「そ、そうなのか……。」
それは恥ずかしいだろ、何だその設定は。キャスティが制約を掛けたのか?
……いや、待てよ?
「それで、変身解除するにはどうすればいいんだ?」
「それは『チェンジ』とだけ言えば良いのでござるよ。変身のときもそうなのでござるが、精神感応しているので変身する『意志』も必要でござる。」
「なるほどな。よく分かったよ。変身するにも変身解除するにも、変身するという意志を伴って『チェンジ』とだけ言えば良いんだな。」
「いやいや、変身するには決めポーズが必要なのでござるよ。」
慌てるデルファ。
「デルファ、そんな恥ずかしいことが出来る訳ないだろ。さっきデルファも言ったろ? 変身も変身解除も同じ仕組みだって。」
「は、はて? そんなこと言ったでござるか?」
頭をぼりぼりと掻きながらとぼけるデルファ。デルファめ、僕を巻き込もうとしてるな。あるいはルビィの差し金か?
「ルビーとデルファだけで決めポーズをやってろよ。とは言え変身機能は十分役に立つな。
それとゼロは猫だけど、この場合はどうなるんだ?」
「ゼロ殿は他の人とは違って、特別でござるよ。
変身は人化している時のみでござる。人化が解除されるときは、ポリモーフセルフと同じでその時の装備まるごと猫に戻るのでござるよ。であるからして、変身している状態のまま猫に戻っておいても良いし、変身前の状態で猫に戻っても良いでござる。再度人化したときは猫に戻ったときの状態に戻るだけでござるからな。」
「ゼロの場合は、人化が変身みたいなものだからな。変身後の状態で猫に戻っておいた方がいいんじゃないか? 人化するときはいざというときばっかりだろ?」
「にゃ」
「それと、一つ重要な制約があるのでござる。」
「魔法発動の対価ってやつだな?」
「左様でござる。」
「それは何だい?」
「対価は、変身あるいは変身解除一回につき、一銀貨が必要でござる。これを師匠が回収しに来るのでござるよ。完全後払い無利子とのことでござる。師匠が回収しに来たときに支払うことが出来なければ、恐ろしい目に合わせるとのことでござる。」
キャスティらしいと言えばキャスティらしいが……。
「恐ろしく適当な対価だな。全然魔法発動条件に影響してなさそうじゃないか。
それに、恐ろしい目ってどんなことをされるんだ?」
「せ、説明は以上でござるよ。」
そう言って、デルファは何かを思い出すのを恐れている様子で僕の部屋を出て行こうとした。
「ちょっと、デルファ!」
そして扉を閉める間際に僕に向かって言った。
「変身するときは極めポーズが必要なのでござるよ?」
「はいはい。」
ロック:「変身後は、防具とポーチが増えるぐらいかな。普段も帯剣はしておきたいし。」
ルビィ:「俺みたいにカッコいいマントとか付けないのか?」
ロック:「う~ん。なんか思いつかないな。」
ルビィ:「仮面とかどうだ? 謎の剣士っぽくさ。」
ロック:「……。」




