第63話 鍛冶師コポル
* * *
――ルビィとデルファの変身騒動の数日後のことである。
「ここだぜ、ロック。」
ルビィが石造りの頑丈そうな煙突のある小屋を背にして言った。街のはずれのその場所には、色々な種類の製造小屋があった。僕とルビィ、フェルミとデルファが居た。
「おう、ルビィ。それにロックも。よく来たな。」
小屋から僕ら一行を見つけたコポルがこちらにやって来た。
「コポル、例の見てほしい代物を持ってきたぜ。あぁ、それとこっちはデルファ。魔法使いで槍使いだ。デルファ、こいつがコポル。以前俺たちと一緒に冒険者をしてたんだけど、今は鍛冶師をやっている。いや目指してるのか?」
ルビィが見知らぬ双方を紹介した。フェルミは既に見知っている様だ。
「『鍛冶師をやってる』で良いだろ、面倒くせー。よろしくなデルファ。」
ルビィの紹介に文句を言うコポル。
「よろしくでごさる。」
「今日は、シィは来てないのな。」
コポルがルビィに聞いた。
「俺が行く鍛冶屋がコポルの所だって分かったから、もう来なくても心配ないらしい。ただし何かを依頼する場合は、絶対に見積もり額を聞いてシィに報告する様にって言われてるぜ。シィの許可を貰ったら発注して良いらしい。俺の装備の場合だけどな。」
「お前……、苦労してるな。」
コポルがルビィの肩に手を置き、同情する様に言った。
「え? そうなのか?」
僕の方に聞いてくるルビィ。
「知らないよ。
それはそうとコポル。鍛冶師が身に付いた感じだな。」
丈夫そうな革のエプロンをし、厚手のズボンを履いて金づちを持っている姿のコポルは、誰が見ても鍛冶師そのものだった。
「そうか? 身なりだけだろ。まだまだ見習いさ。今は本家の裏方として、既製品の製造やら修理をしてるのさ。そう言うお前も何か雰囲気が変わったんじゃないか?」
「そうかい? コポルも『僕の目が死んで無い』とか言うのか?」
「なんだそりゃ? まあいい。そう言えばロックに紹介してなかったな。おーい! ゴートゥ、レィベル、ちょっといいか!?」
コポルは大声で小屋の方に呼びかけた。
すると小屋から、肌が褐色に焼けた爺さんがしっかりとした足取りで出て来た。その横には顔が煤で汚れている女の子も居る。二人とも丈夫そうなエプロンを着ていた。
「何ですかい?」
爺さんがコポルに尋ねる。
「紹介するぜ、俺の指導役のゴートゥとその孫のレィベル。こっちは、冒険者仲間だったロック、そしてその仲間のデルファだ。」
「よろしく。」「よろしく。」「よろしくでござる。」
僕らは互いに挨拶を交わした。
「一通り、儀式は終わったか?」
お互いの挨拶を待っていたルビィが言った。
「それでなコポル、前に見て欲しいって言った物の話に戻るぞ。フェルミ、そのクロガネをそこの台に乗せてくれるか?」
ルビィが指さした先には、かなり頑丈そうな台があった。金属製の重量物を並べても大丈夫な様に用意されているのだろう。フェルミがクロガネをわざわざ担いで持ってきたのは、コポルに見せるためだったのか。
「良いばい。」
フェルミはクロガネを台の上に置いた。
「こいつのからくりを見て欲しいんだ。そして俺にかっこいい新しい盾を作って欲しいんだ。」
「こりゃ……、ただの鋼鉄じゃないな。」
ゴートゥが身を乗り出して、クロガネの刀身を裏拳で軽く叩いた。拳で叩いたぐらいでは、その重厚な鉄の塊からは音が返ってこなかった。コッコッという小さい音が返ってきているがそれはゴートゥの拳が叩かれた音だ。
「嬢ちゃん、これはどこで作られた?」
ゴートゥがフェルミに聞いた。
「知らん。『餞別だ、これで竜でも狩ってこい』って爺ちゃんがくれたんばい。」
「竜狩り用か……。」
ゴートゥがつぶやく。
「素材の話じゃなく、からくりの方を見てほしいんだ。フェルミ、パイルを外せるか?」
クロガネの素材も用途も興味が無さそうなルビィが言った。
「ちょっと待って。」
そう言うと、フェルミはクロガネを台の上から持ち上げ、表の開けたところまで歩いていった。
そしてクロガネを地面に突き刺し、ひょいっと鍔の上に乗ってバランスと取っている。そしてクロガネの刀身の途中のでっばりに引っかけられているフックワイヤーをフェルミが引くと、クロガネが上に乗ったフェルミと共に飛び上がった。クロガネが落ち始めるとフェルミは素早くその柄を掴み地面に着地した。
「相変わらず、無茶苦茶だな。フェルミは。」
誰に向かって言うでもなく僕はつぶやいていた。
「左様でござるな。」
デルファが僕のつぶやきを拾ってくれた。
鍛冶屋の三人は言葉を失っている様だ。
フェルミは地面に刺さっているパイルを、空いている手で引き抜きこちらに戻って来た。そしてクロガネ本体とパイルを台の上に置いた。
「サンキュー。フェルミ。あと、二本の剣も外してみてくれよ。」
ルビィが言った。フェルミは頷くと、刃の柄側にある持ち手を持って鍔の近くで何か操作し、切っ先の方にずらした。クロガネの刃が片刃の剣として分離され、その内側の刃が姿を現した。反対側の刃も同様に取り外した。パイルだった部分がなくなり、両刃を外したことによって細くなった本体がそこにはあった。
「すげぇだろ? 魔法でも無いのになんでこんなことができるんだ?」
ルビィが不思議そうに言った。
コポルとレィベルが興味深くクロガネを見ている。デルファとゴートゥが頭を寄せ合って、パイルが収まっていたクロガネの中心部分を先端の方から覗き込んでいる。
「これは、ばねでござるな。」「ふむ、ばねだな。」
デルファとゴートゥが言った。
「このパイルを打ち出すばねは尋常では無いな。一体何処にこんなに小さく強靭なばねを作れるヤツが居るのだ。わしらに作るのは無理だな。」
ゴートゥの言葉に、コポルが頷いている。
レィベルは台の両手をついたまコポルとゴートゥが話しているのを交互に見ていた。
「片刃剣の方は、柄の先端が本体の鍔を突き抜けて、その突き抜けた先を留め金で留めているのでござるな。このからくりを作ることは可能なのでござるか?」
「この部分も精巧だな。この仕組みはまぁ作れるだろう。ただし、根気と時間が必要じゃが。」
答えるゴートゥ。
そして、鍛冶師連中とデルファは感心しながらクロガネをいじり続けた。
「ところで、ルビィはどんな新しい盾が欲しんだ? 『かっこいい』だけだと皆困るだろ。」
僕はルビィに聞いた。
「よく分からん。そうだデルファ、前の世界でかっこいい盾ってどんなのがあった?」
「そうでござるな。物語の中では色々あったでござるよ。どんな攻撃もはじき返す魔法の盾。透明な盾。投げて攻撃する円形の盾。変形して巨大な斧として攻撃できる盾。乗って移動できる盾、いや、これは盾ではござらんかな?」
「変形か! いいなそれ。変形して武器になる! 頼むぜコポル。」
ルビィが言った。
コポルがゴートゥとレィベルと目を合わせる。鍛冶師連中は困っている様だ。
「ウチもお願いがあるっちゃ。」
「お、おう。」
ルビィの無茶な要求に黙っていたコポルが、フェルミの突然の要求に反応した。
「引っ張ったら鈎爪が閉まって、緩めたら鈎爪が開く様なフックを作れん? 爪は三個ぐらい。引っ張るところはこんな穴があると言いんちゃけど。」
前に出して開いたり閉じたりしている左手の甲に、右手に持った柄に穴が空いている投げナイフを遠ざけたり近づけたりしながらフェルミが言った。
「何に使うんだ?」
僕はフェルミに聞いた。
「フックワイヤーの先に付けて使おうと思っとるん。高いところに登るとき、この投げナイフやったら刺さらんときがありそうやろ? たとえば岩場の崖とか。」
なるほどね。
「じゃぁ俺も、盾の内側の柄をガッって引っ張ったら、柄が二メートルぐらい伸びて、その先に武器に変形した盾が斧の刃の様になってるヤツで頼むぜ。」
ルビィがフェルミのアイデアに便乗する感じで言った。
多分誰もそれをイメージ出来ていないと思うぞ、ルビィ。
「いったい俺らを何だと思ってるんだ? むちゃな注文ばっかりしやがって。」
コポルが口を開いた。
「できないのか?」
ルビィが不思議そうな顔をして尋ねた。
「できねーよ!!」
デルファとレィベルだけは何やら真剣に考えていた。
レィベル:「フェルミちゃん。ボクにもう少し詳しくフックの話を聞かせてくれない?」
フェルミ:「いいばい。」
レィベル:「えへへへへ。」
フェルミ:「にゃ?」




