第61話 妖鳥レッドクロウ
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――カラーズが結成されて数十日後のことである。
「今日のクエストは新手の妖魔の討伐よ。治癒の魔法羊皮紙は一人二枚ずつ渡して、残り五枚は私が持っておくわ。ターゲットは中型妖鳥で、識別名は『レッドクロウ』。常に空を飛んでいるので、平地だと遠目からも存在が分かるから奇襲を受けることは無いわ。ただし、素早く移動するし、攻撃もヒットアンドウェイだから、厄介な相手になることは確かね。」
今日は、カラーズフルメンバーでの出陣だ。僕とルビィ、フォトラ、デルファ、そしてフェルミとゼロの六人。
カラーズもジェイス団の時と同じ様に作戦の大部分をフォトラにお願いすることにした。
「中型って言うことは、大きいっちゃろ?」
フェルミがフォトラに聞いた。
「ええ、体長はフェルミぐらいよ。でも翼を広げるとその四倍ぐらいはあるわ。攻撃方法は脚の爪、翼の爪、嘴よ。それぞれ刃物の様に鋭く長いわ。」
「やはり動物じゃない妖魔は、変わった形体のものが多いでござるな。」
デルファが言った。
「そうね。大体攻撃的な形体をしているわね。ところで、フェルミとデルファはレッドクロウと戦ったことがあるのかしら?」
デルファが首を横に振る。
「師匠は戦ったことが有るっち言いよぉばい。」
フェルミも首を横に振りながら言った。つまり、ゼロ以外は誰も戦ったことは無いらしい。
「攻撃方法の特徴があったら教えてもらえるかしら?」
フォトラがフェルミに言った。
「ゼロ、ちょっと代わろうか。」
僕はゼロを傍に呼んだ。そしてゼロと目を合わせて意識を集中した。視界が暗転し、僕とゼロは意識を交換した。カラーズのメンバーにはゼロと僕の能力のことは話してある。
そして僕が話しだした。
「アイツらは、頭上からダイブして襲ってきたり、地面すれすれで飛んできて襲ってきたりする。さらに、接近攻撃に入る瞬間に、フェイントをかけたりターゲットを変えたりする点も気を付けた方が良い。結果、地上での隊形が役に立たないことになる事が多いのだ。空中からなら後衛を直接狙えるからな。乱戦になると思った方が良い。
遠距離から放たれた矢は避けられてしまう。だから引き寄せて近距離から攻撃すると良い。矢が命中して倒したとしても、そのままの勢いで激突されることがあるので気を付けるべきだ。接近戦なら、攻撃を確実に受け止めてその直後に攻撃するか、すれ違いざまに回避しつつ攻撃するのが有効だ。
中距離型の戦闘スタイルが有利だが、懐に入られると逆に脆いな。だから盾役と中距離攻撃役が組む方法もある。」
「矢を避けると言うことは、レッドクロウは目が良いのでござるか?」
デルファが僕に聞いた。
「そうだ。閃光魔法でアイツらの目を晦ませる冒険者を見たことがある。その時はアイツらは攻撃してこなかった。」
「デルファ、閃光魔法はあるのか?」
ルビィがデルファに聞いた。
「武器を光らせる魔法はあるのでござるが、閃光は無いでござるよ。ただし、武器を見えにくくすることは可能でござる。」
「消した槍を円陣の周囲に配置して待ち伏せる方法が考えられるわね。槍と言うより、先端の尖った杭ね。準備に時間がかかるけど。」
フォトラが言った。
「小生とフォトラ殿が地面に刺した円状の槍衾、つまり見えない攻撃的な盾の内側に入って槍と弓で攻撃する方法でござるな。ルビィ殿とフェルミ殿は盾と大剣で防御しつつ敵の動きを止め、攻撃するのでござろうか。準備に時間がかかる点と、陣までおびき寄せる役が必要な点が懸念でござるな。」
デルファは僕のことを忘れてるのか? 僕は僕に『代われ』の合図を送った。そして僕は、僕と意識を交換した。
「準備にかなり時間がかかるけど良いんじゃないか? どう思うフォトラ。あ、もう元に戻ってるから。」
僕はフォトラに聞いた。
「初めての相手だし、敵を知るためにも慎重に進めても良いんじゃないかしら。あるいは乱戦に不向きな私とデルファが抜ける、つまり遠方で待機する手もあるわよ。」
「いや、今後のことも考えて、どんな状況でも皆で対処できる様にしておきたいから同行して欲しい。危険かも知れないけど。」
「そういうことね。当然、私は同行するわよ。」
「小生も同行するでござるよ。」
フォトラとでデルファが答える。
「ありがとう。そして、囮はフェルミに頼むことになるけど良いかい?」
僕はフェルミに聞いた。
「当然ばい。他にウチより速いの居らんけん。」
* * *
作戦は見事に失敗した。
見えなくする杭による陣取りの準備も丸一日かけて行ったし、フェルミが囮になっておびき寄せるところまでは上手く行った。しかし、妖魔はある一定距離までくると引き返していったのだ。三回繰り返しても同じ場所で引き返し、陣までは来なかった。
「今回も、来なかったでござるな。」
しかし、攻撃範囲があるとは、妖鳥というのはおかしな特性があるもんだ。
攻撃範囲が有るのは妖鳥だけなのか? 他の種類の妖魔はどうなんだ? 小型妖鬼や小型妖獣が出現エリアに留まっているのはなぜだ? 妖魔共通の特性だとしても……。
「しかし、レッドクロウが引き返す地点が分かったから、事は簡単でござるな。」
僕は思考を止めて、デルファの話を聞いた。
「引き返す地点の内側に、ロック殿とフェルミ殿が接近戦で戦い、攻撃されない外側に小生とフォトラ殿が居ればいいのでござる。そのフォーメーションで戦えばいいのでござるよ。」
確かに、攻撃的な盾を使えなくなるけど、境界線という鉄壁の盾が用意できるな。
「それでいくか。じゃぁ、フォトラとデルファは境界外から援護してくれ。
ルビィとフェルミと僕は境界内で戦おう。フェルミ、デルファに石弓を一丁貸してもらえるか?」
「良いばい。二丁とも貸すばい。」
「ありがとう。弓は当たればラッキー程度で良いと思う。むしろ接近戦に入る直前に動きをけん制する為に撃ってくれればいい。どうかな? フォトラ。」
「そうね。そうしましょうか。」
「師匠も境界線が有るとは知らなかったって、言いようばい。」
かつてのカナテなら境界線のことを気づく前に、境界内で妖魔を全滅させてしまったのだろう。
「それじゃあ、前進するか。」
フェルミとルビィを前衛にして妖鳥が旋回している方を目指した。
* * *
境界線近くまで来るとレッドクロウがこちらに気が付いた。数は六匹。その体躯は黒く、翼の爪、脚の爪、嘴が異様なほど鮮明な赤色をしている。そしてどす黒い赤色の目をしていた。
「エルピスの聖刻に依りて呼び求める。来たれ武器拡張の力。一つ、付与対象は我が手の接触なり。一つ、付与属性は不可視なり。付与発動!」
ルビィの剣と、フェルミのクロガネが見えなくなった。完全に見えなくなった訳では無く、かなり見づらくなった。武器が動くとわずかに輪郭が見える。
「よし、やるか!」「にゃっは~! ぶちくらしちゃるッ!」
ルビィとフェルミが少し離れて展開する。
「フェルミ、合計三分間だけブーストして良いぞ。」
僕がそう言うと、フェルミが満面の笑顔で振り向いた。
「ゼロ、万が一の場合は人化して、フォトラとデルファを守ってくれ。」
僕はゼロにもお願いしておいた。
「にゃ」
レッドクロウの二匹が超低空飛行でルビィとフェルミに襲い掛かってきた。僕には一匹が上空からダイブしてくる。他の三匹は遅れて上空からダイブしてきているが狙いは不明だ。ルビィが盾でレッドクロウの翼爪の攻撃を受け流したのを合図に戦闘が始まった。
「射撃!」
フォトラの援護射撃が空を横切った。
僕に迫って来たレッドクロウが、鋭い嘴を最前面にこちらに飛び込んでくる。細身の剣を両手にして待ち構えた。左手の剣で嘴の攻撃を払おうとした瞬間、そいつは翼を大きく広げ急停止し、両の脚爪を下の方から繰り出してきた。僕は大きく右に躱し右手の剣でそいつの左翼を狙った。先端を少し削りとれたが、そいつは上空に羽ばたいていった。
フェルミの前にレッドクロウが一匹横たわっていた。早くも一匹仕留めたのだ。フェルミの右手にはクロガネから外した剣が、左手にはその残りの大部分がそれぞれ薄っすらと見えた気がした。そしてフェルミの双眸はまだ普通の状態だった。
ルビィを初撃で襲ったレッドクロウは旋回している。ルビィに再度攻撃しようと狙っているのか? さらに、後発のレッドクロウ二匹がフェルミに向かって、一匹がルビィに向かってダイブしてきた。
「ブースト。」
フェルミの双眸が深緑に染まる。フェルミは危うげなく対処できるだろう。僕はルビィの方に寄った。ルビィにもさっきと同じ攻撃をしてくるなら、翼を広げた時に隙があるはずだ。
「射撃!」
フォトラの援護射撃がフェルミの方に向かって飛んでいく。レッドクロウは難なくそれを避けた。瞬間、その体が何かに貫かれた! クロガネのパイルだ。避けた直後の不安定な体勢を狙ったのだろう。
ルビィを狙ったレッドクロウのダイブ攻撃が寸前まで近づく。そいつは思った通り翼を広げ――。体躯の中央に小さな穴が開き動きが止まった。薄っすらと石弓の矢が刺さっているのが見えた。その隙を見逃さずルビィは剣をそいつに叩き込んだ。
フェルミを攻撃しようと飛んできたもう一匹のレッドクロウの右翼の付け根が、突然見えない何かに切り裂かれる。間髪おかずに、短剣が付いたフックワイヤーが反対側の翼に絡まり、フェルミに引きずり落とされた。同時にすごく重たいものが地面に落ちた音がした。落ちたレッドクロウと一緒にクロガネの本体が薄っすらと見える。クロガネ本体を投げつけたのか。
ルビィに初撃を放ったレッドクロウは、もう一度ルビィを狙う様だ。片翼の先端を切られやや不安定のレッドクロウは、上空に向かっていた。再度ダイブ攻撃をするのだろう。
「上のはウチがもらうよ!」
フェルミが言った。
「ルビィ、次の受け流しはシールドバッシュだ!」
僕はルビィに言った。
「オッケー。」
ルビィに超低空で再攻撃してくるレッドクロウ。ルビィの右側を狙うと見せかけ、急に向きをかえ左側を通り過ぎつつ翼爪で攻撃しようとした。ルビィがその攻撃を受け流す。いや、防ぎつつ盾を押し込んだ。ルビィの後方でひかえていた僕は、バランスを崩し上空に退避するのにもたついているレッドクロウに飛び込み、左手の細身の剣をねじ込んだ。
手応えあった!
上空を見ると、ダイブ攻撃を仕掛けてきてるレッドクロウに、先端に何もついていないフックワイヤーが異なる方向から弧を描いて迫っていた。それに気づき翼を広げダイブを中断し、予測軌道手前で留まるレッドクロウ。だが、弧は突然その半径を広げレッドクロウに向かって行った。フックが届く直前、レッドクロウの翼と体が裂けバランスを崩し落下し始めた。フェルミはクロガネから分離した見えない二本の剣をフックワイヤーの先に取り付けてた様だ。
よし。終わったな。
落下したレッドクロウに止めを刺すフェルミ。
「周辺に妖魔の姿無し!」
フォトラの戦闘終了の合図が響いた。
「デルファ、石弓の矢も透明にできるのか?」
ルビィがデルファに訪ねた。
「分かったでござるか?」
「あぁ、お陰で一匹倒せたぞ。サンキューな。だけど、見えない武器はかなりヤバいな。」
ルビィが言った。
「諸刃の剣でもあるわね。フェルミのあれは、味方さえも見えないのはちょっと課題ね。今後は使わない方が良いかも知れないわ。」
フォトラが言った。確かに。何が起こっているのかさっぱり分からない。
「みんな、魔核を回収してくれ。」
僕の声掛けで魔核の回収を始めた団員達をよそに、フェルミはうっとりとした表情を浮かべ、両手をだらりとぶら下げて直立していた。
デルファ:「妖鳥は行動範囲が限られていたでござるな。」
ルビィ:「最初から知ってればかなり楽だったのにな。」
フォトラ:「今回の慎重すぎる作戦のおかげで知れたんじゃない?」
ルビィ:「雨降って地固まるだな!」
デルファ&フォトラ:「違うでござるよ。」「違うわね。」




