第60話 ロクシー帰還
* * *
「ただいまデス。」
――ディムがロックの家を訪れた数日後のことである。
朝食を終えて、僕とネイ、キャスティとフェルミとゼロがダイニングルームでくつろいでいた。ルビィとデルファはシィの家事手伝いで外に出ている。
そんなところに、アイーア国に行っていたロクシーが帰って来たのだ。両手に大きなカバンを下げて、笑顔を見せている。
「あら、お帰り。その様子だと、上手く取り引きができた様ね。」
商売仲間のネイが言った。
「とっても良かったデス。遠路はるばる行った甲斐があったデス。ところで、その可愛らしい猫耳族はロックの新しい愛人デスか?」
ほほう。ロクシーの毒舌は衰えが無い様だ。
「冒険者だよ、ロクシー。フェルミと言うんだ。新しいく作った冒険団の一員さ。
フェルミ、彼女があのロクシーだ。」
僕は『あの』を強めに言って紹介したら、ロクシーの目がすっと細くなった。
「よろしくっちゃ。」
軽く挨拶をするフェルミ。
「あと、冒険団の一員がもう一人いて、今は外に出ている。デルファと言うんだ。」
「オー。ロックもネイの尻に敷かれない様に必死に外で働いてるのデスね。」
すでに敷かれているから、それは問題ない。
「……まあね。ちなみにデルファは男だぞ。まぁ、がっつり仲良くしてくれよ。」
僕はちょっとした意趣返しをした。
「……。」
あからさまに嫌な顔をするロクシー。
それはさておき、ロクシーに聞いておきたいことが有ったのだ。
「ところでロクシー、もしアイーア国までの旅路が安全で時間も掛からない様になったとしたら、どれぐらいの価値があるんだい?」
「そっちの話デスか?
そうデスね~。掛かる時間と安全度にもよりマス。それが分からないと何とも言えないデス。」
「じゃ仮に、時間は一瞬、安全度は家の中の移動ぐらいだとすると?」
「オー! もしそんなことが出来ればすごいデス。ネイとの取り分が現在二対八デスが、それが逆転してしまうかもデスね。そうなったら、ワタシは他の商売に手を広げる時間ができると思いマス。」
くねくねと踊る様な素振りを見せたり、大きく腕を広げたりしながら驚いているロクシー。
キャスティの方とちらっと見ると、続けろという様なジェスチャーをしてきた。
「ということは、その移動を提供する人がもし居たとすると、ロクシーとネイとその人で、二対二対六ぐらいにはなるってことかい?」
ロクシーの目の色が少し変わってきた。
「それは行きすぎですネ。ネイが二、ワタシが四、その人が四が丁度良いと思いマス。アイーアでの取引は、やはりワタシでなくては無理デス。それに、アイーアの供給量も無制限ではないデス。アイーアに仕入れに行く間隔は今と変わりマセンよ?」
だとしても、移動時のリスクとコストは馬鹿にならないってことだな。あと交渉しだいだが、ロクシーの割合を減らせることは可能そうだな。
「どう思う? ネイ。」
ネイに話を振ってみた。
「あんた、急にそんなこと言い出すなんて、何かアテがあるの? まぁ、想像できるけど。」
ネイは、ちらっとキャスティの方を見た。
「あぁ、ちょっとね。交渉の仕上げはお願いできるかい?」
「いいわよ。ところでキャスティ? あなた、またとんでもない魔法を持ち出すのね。」
ネイは、今までの会話から移動の短期化を可能とする人物が誰であるかが分かった様だ。
「うん。知っての通り。でも内緒。」
言葉少なめに答えるキャスティ。ネイとキャスティの会話をじっと聞いているロクシー。
「ふ~ん。」
ネイの言葉に、キャスティは黙ってブイサインをした。
「まあ、私は二、四、四でも構わないわ。」
ネイはそう言った。
「四はネイにあげる。」
キャスティが言った。ロクシーが信じられないという表情をする。
「キャスティ!! 頭は大丈夫デスか? 中身は入ってマスか? 魔法漬けで腐ってマセんか? 儲け話を手放すなんて!」
「ロクシー、キャスティは別の所に志があるのよ。」
ネイがフォローを入れる。
「お金以外での志って……。まさか、ワタシと同じ……、いや……、それは、そう、デスか……。」
ロクシーはキャスティの思考を理解できない様だった。
まぁ、キャスティはお金より達成すべきことが有るらしいからな。それは明らかではないがネイの協力が必要らしいし。
「転送する度にキャスティも幾らかは欲しいみたいだよ。それから、まだ準備が必要だから、実現するのはまだ先なんだってさ。」
そんな話をしていると、外からシィ達が戻って来た。
「あらぁ、ロクシー。お帰りなさぁい。商い事は順調だったのかしらぁ?」
「ええ、順調デスよ。」
「じゃぁ、荷物をしまったらぁ、早速だけどお互いの取り分の整合をしましょうねぇ。」
きっちり帳尻を合わせておきたいシィらしいセリフだ。
「よぉ、ロクシー。お帰り。」
遅ればせながらルビィが言った。ロクシーは少しルビィから身を引く。相変わらずの男性恐怖症だな。おっと、デルファの紹介もしなければ。
「ロクシー、こっちがデルファ。彼も冒険者だよ。デルファ、彼女はロクシー。」
僕はロクシーとデルファを互いに紹介した。
「初めましてでござる。」
デルファの言葉に、声を出さずに頷くだけのロクシー。
「たしかロクシー殿は男性恐怖症と言ってたでござるな? ロック殿。」
「ああ。」
「前の世界では、男性が触れると性格が真逆になってしまう男性恐怖症の女性が居たでござるよ。ロクシー殿は試したことはござらんか?」
まったく悪気が無い様子でロクシーに話しかけるデルファ。
「ロック、止めてあげて。」
眉間に指を当てているネイが見かねて言ってきた。
ロクシーへの意趣返しは、これくらいにしておくか。
「デルファ、ロクシーは旅からもどってきたばっかりで疲れていると思うんだ。今はそっとしてあげようよ。」
「そうでござるな。気づかず申し訳ない。」
「ロクシーは、ナンディに会いに行かないのか?」
ナンディ好きのルビィが聞いた。
「に、妊娠させてないデショーね?」
ロクシーが恐る恐るルビィに聞く。
「まだ試してないから、大丈夫だぜ?」
「ル、ルビィには鶏で十分デス。」
鶏? 何のことだ?
「そうなのか? 鶏ってそう言うことなのか? ロック。」
こっちを向いて聞いてくるルビィ。
「オー! その組み合わせに向かうのデスか。」
ロクシーが嬉々としている。
「何の話をしてるんだ? 訳の分からない話を振ってくるなよ。」
僕はルビィに言った。
「ロックは、何でも知っているネイにゆっくりと教えてもらったら良いデスよ。あるいはルビィから。」
ニヤニヤしながらロクシーが言った。
「ロクシーの毒に触れない方が良いわよ、あんたは。」
ネイがロクシーを睨みながら僕に言った。
「ふむ。ロクシー殿はそっち方面の嗜好でござるか……。」
デルファがロクシーの様子を見てぼそりと言った。
まったく何のことやら、さっぱりだ。
「それではワタシは荷物を置いて、シィと打ち合わせをしてくるデス。」
ロクシーは僕らにそう言って部屋を後にした。それを追ってシィも後から退出した。
「はぁ。」
ネイが呆れていた。
デルファ:「ロクシー殿のイメージは、乾燥地域のアイーアっぽくサソリでござるな。」
キャスティ:「サソリは毒持ち。」
ルビィ:「じゃあ、キャスティ、ネイ、シィは何だ?」
デルファ:「師匠はグローリアちゃんのゴキブリ、ネイ殿は糸で絡めとるクモ、シィ殿はせっせと巣を作るハチでござろうか。」
キャスティ:「クモは雄を喰う。ハチは雄が役立たず。」
ルビィ:「……怖ぇな。」




