第52話 冒険団の名前 ~ネイ~
* * *
――ネイ達がマグシムネから帰ってきた翌日のことである。
シィが入れてくれた紅茶がテーブルの上で湯気を上げている。ダイニングルームには私とキャスティしか居なかった。キャスティはテーブルの上に顎を載せてぼ~っとしている。シィは先ほど家事をするためにダイニングを出て行ってしまった。ロックは冒険者達を全員引き連れて、ハロルドワークに行っている。デルファとフェルミの冒険者登録をするためだ。
「ねぇキャスティ? これが何か分かる?」
私はキャスティに、ルーシッドの骨董屋で買った人化の指輪を見せながら言った。
「魔法装備。」
テーブルから顎を上げようともせずにチラリと指輪を見て、瞬時にその正体を見抜くキャスティ。流石は編纂魔法使いだ。
「そう。さらに詳しいことは分かるかしら?」
「うん。ちょっと待って。」
キャスティが上体を起こし指輪を見つめる。そして、目の瞳孔が開き瞳の奥が深紅に染まった。魔法を発動して解析している様だ。
しかし、瞳の奥が深紅に染まる魔法使いとは珍しいわね。
百人を下らない編纂魔法使いを見て来たけど、瞳の奥が深紅に染まる魔法使いはキャスティ以外ではナガラだけだった。つまりキャスティも正体が知れないので油断ならないと言うことだ。
だけど利用価値はありそうだわ。
暫くするとキャスティの瞳は元に戻った。
「触った動物を人間にするやつ。」
「そうそう。で、ここからが相談なのよ。」
「何?」
「これをゼロに持たせたいのよ。そして、ゼロの好きなタイミングでその効果をゼロ自身に及ばせたいの。つまり、効果対象と発動条件を改造して欲しいんだけど、それって可能なのかしら?」
恐らくできないことは無いのでしょうけれどね。
ちょっとそれを貸してみろと手を伸ばすキャスティ。私は人化の指輪をキャスティに渡した。
「う~む。」
再びキャスティの目の瞳孔が開き瞳の奥が深紅に染まった。そして瞳の色が元に戻った後、その指輪をテーブルの上に置き、腕組みをして考え込むキャスティ。
暫く考えた後、
「出来なくはない。お支払いは?」
と言った。
やはりそう来たわね。ふふ、もちろん準備はしてあるし想定の範囲内よ。
「あははっ。そう来るのね。まぁいいわ。」
私は隠し持っていた魔法教典をキャスティに披露してみせた。
「これでどうかしら? パドラの書、第十三巻よ。」
「おぉ! それは。」
その魔法教典を一目見たキャスティは、目の色が変わった。
「どう? これを見せてあげるという事で手を打たない?」
「わかった。」
早く見せろと両手をこちらに伸ばしているキャスティ。
「よし。交渉成立ね。早速お願いするわね。その指輪は預かってて頂戴。」
「ネイ、これの内容、知ってる?」
その魔法教典を渡そうとした矢先にキャスティは聞いてきた。
「え? パドラの書の十三巻? もちろん知らないわ。あなたに教えてもらうつもりだけど?」
「転送。」
「え? これには転送に関するノウハウが書かれているの? それはかなり便利そうね。」
「うん。」
「中身を見ていないのに、なんでそんなこと知ってるの?」
「分からない?」
キャスティが私を試しているかの様に、眼力のある三白眼でじっとこっちを見ている。
試されているのかしら?
キャスティがパドラの書の内容を知っている理由はいくつか考えられる。例えば、一度は目を通したことがある本だとか、以前から探していた本だとか、あるいは自ら書いた本だとか……。ただ、今キャスティが私に聞いているのは、本の中身を知っている理由を考えてみろと言っている訳では無さそうだ。恐らく自分の素性を知っているかどうかと言うことかもしれない。
「分からないわ。教えてくれるの?」
私は正直に答えてみることにした。それを聞いたキャスティは腕組みをして暫く考え込む。
「む~。内緒。」
あらら、拍子抜けだわ。結局秘密なのね。
「あなたがそう言うんだったら、これ以上は聞かないけど。」
どうせ問い詰めても教えてくれそうにはないし、恐らく今の私には必要ない。それよりも……。
「転送って言えば、遠隔地に人や物を送り届けられるってことよね?」
「うん。」
これは良いものを引いたわ。ルーシッドに感謝しなきゃいけないわね。商売や蒐集のための移動時間が短縮できるかも知れない。
「それは便利ね。もしかして、国の間の転送ができる仕掛けを作れるのかしら?」
「余裕。」
キャスティは自信ありげに胸を張った。
「ふ~ん、頼もしいわね。そっちの準備もお願いしたいわ。そうしたら新たな魔法教典を蒐集するのが簡単になるし、さらにそのための資本金も稼ぎやすくなるから、あなたにとっても良いことでしょ?」
キャスティも魔法教典を集めたい様だしね。
「ネイ、抜け目ない。」
そう言って、最後にニヤリと笑うキャスティ。
「あら、効率的って言ってよ。」
私も笑顔で返してみせた。
そしてもう一つ思い当たったことを口にしてみる。稀有な魔法使いであればそれは可能なのかも知れないし。
「ところで、キャスティ?
あなた、ゼロのポリモーフセルフの魔法を解除することは出来ないの?」
キャスティは何かを思い出そうとしているか、目が宙の一点をじっと見つめていた。
そして暫くたってから私の質問に答える。
「六巻か八巻が必要。」
「それはパドラの書?」
「うん。」
「なぜそれを知っているのかも、当然教えてくれないわよね。」
キャスティは私の質問を無視して、机の上のパドラの書に視線を移していた。
「はいはい。おあずけを食わされてるって言いたいんでしょ。もう読んで良いわよ。」
* * *
内容を完全に理解することは出来なかったが、どのページに何が書かれているのかをキャスティに教えてもらいながら二人でパドラの書の十三巻を覗き込んでいた。そこにロック達が帰ってきた。ゼロがいち早くダイニングに入ってきてテーブルの上に居座る。
キャスティにその内容を解説してもらうのに夢中になってたわ。一体どれくらいの時間が経ったのかしら?
「ただいま、ネイ。」
ルビィが口火を切った。
「なぁ、聞いてくれよ。新しい冒険団をハロルドワークに登録しようとしたんだけど、ロックのやつ、まだ名前を考えて無かったんだってさ!」
呆れた様に大袈裟に振る舞うルビィ。
「それで、結局フェルミとデルファの個人登録だけ済ませて来たんだ。」
ロックは苦笑いをしながらルビィの話の続きを付け足した。
シィも騒々しい連中が帰ってきたのを察して、ダイニングルームに入ってきた。
「名は体を表すと言うでござろう? ロックが慎重になるのも納得でござるよ。」
フォローするデルファ。
「団員集めにばっかり頭が行っとったっちゃろ?」
突っ込むフェルミ。
「あんた、まだ考えてなかったの?」
私はロックに聞いた。
「まぁその通りだよ。反論の余地は無いさ。
一応聞いてみるけど、みんなはどんな名前が良いと思う?」
ロックが無謀な質問を皆に投げた。
「ロック団だろ。」
「ゴールドラッシュはどうかしらぁ。」
「かまどうま。」
「ゼロ師匠とその弟子達っちゃろ?」
「ゴッドレンジャーでござるかな。」
「にゃ」
好き勝手に答える皆。ゼロさえも答えている。
「フェルミ? ゼロは何て言ってるの?」
私はとりあえず聞いてみた。
「『我が家』って言いよんばい。」
「それで? あんたはこの中から選ぶの?」
ロックに尋ねてみた。
「いや、やっぱり自分で考えようかな。」
苦笑いをしながら答えるロック。
「でしょうね。そろそろ夕飯の支度でもしようかしら。シィ、行きましょ。」
ダイニングルームを後にするシィと私。残された連中は、それぞれ適当な相手を見つけ、話し始めた様だった。
しかし、ゼロが我が家とはね……。
ルビィ:「変身の動作はどうする?」
デルファ:「仮に道具が左手のブレスレットだったとすると、こう、こう、こう、と言うのはいかがでござろ?」
ルビィ:「いいなそれ! 最初に力を込める様にするってのはどうだ?」
デルファ:「こうしてこう、こう、こう、でござるか?」
ルビィ:「それだよ、それ!!」




