表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰か私をお宅に住まわせてください(だれすま)  作者: 乾燥バガス
誰か私をお宅に住まわせてください
49/90

第49話 サルファ商国への帰路2

   *   *   *


 フェルミが先頭で歩いている。その後ろに、ルビィとデルファが荷車を牽くナンディを左右から挟んで歩いている。僕は御者席のネイの横で歩いていた。ゼロは相変わらずネイの膝上だ。今日も、のどかな旅だった。


 ――ロック達がマグシムネを出発して数日が経ったときのことである。


 前方から赤色で縁取りされた黒い外套を羽織った男女が歩いてきた。その外套にはフードが付いているが二人とも被ってはいない。男は長身で長剣を帯びている。整えられた髭を蓄えているが、左頬に大きな刀傷がそれよりも目立っていた。女は刃が折りたたまれた巨大な鎌を背負い、外套の前をきっちり合わせていた。その女は、額の両脇から小さな角が出ている鬼人族(ラセツ)だ。サルファ周辺ではかなり珍しい。


「へ~。面白そうな武器持ってんな。お前。」


 クロガネを背負うフェルミに、鬼人族(ラセツ)の女が舌なめずりしながら近づいてきた。


「止めろ、パリエラ。面倒事を起こすな。」


 連れの男がパリエラに向かって低い声で言った。


「面白そうって言っただけじゃん。」


 パリエラから、ぞわっとした寒気にも似た殺気が漂ってくる。それに反応したフェルミが腰の短剣に右手を添えた。それを見たルビィ、デルファもまたそれぞれの武器に手を添えていつでも抜ける様に身構えた。


「ほらほらほらぁ。こいつらもやる気だぜ~。いいだろ? アベンド~。」


 鮫歯のパリエラの口に、薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「フェルミ、引け。」


 僕は今にも戦いはじめそうな状態を解消するために言った。ルビィもデルファも警戒しながらも武器から手を離した。フェルミは僕とゼロの両方を見ながらしぶしぶといった感じで手を離した。


「あれぇ。つまんね~。」


 パリエラが本当に残念そうな表情で言った。


「行くぞ。」


 アベンドがパリエラを置いていく様な感じで、歩を緩めずに先に行ってしまった。


「次に会ったら、やろうぜ~。」


 パリエラはそう言い残してアベンドの後を追って行った。


「何だったんだ? 今の。」


 ルビィが振り返って聞いてきた。


「さあな。

 フェルミ、相手がどんな奴であっても、挑発に乗るんじゃないぞ。もちろんこちらから挑発するのも無しだ。」


「うん。師匠のご主人のロックが言う事は絶対ばい。」


 フェルミは僕の方を真っ直ぐ見て言った。フェルミは、ちゃんと言う事は聞いてくれそうだ。しかし、少し盲目的すぎる感じもする。例の教導のせいだろうか。


「フェルミ、今日は僕と手合わせするかい?」


 約束を守ろうとしているフェルミに対するご褒美の意味合いも込めて、誘ってみた。


「やった! にゃっは~!!」


 フェルミはクロガネを地面に放りだしてこちらに駆けてた。クロガネは重厚な音を立てて地面に横たわる。傍に寄って来たフェルミが思いっきりジャンプして僕に抱き着いてきた。胸があるべきところに投げナイフが詰まっており、そのゴリゴリとした感触と、怪力で締めあげられる苦痛が半端なかった。


「わがっだから、離れでぐれ。」


 ネイが冷ややかな目でこっちを見ていた。


   *   *   *


 夕暮れ時の少し前、僕らは早めに野営場所を決めた。明日の夕方頃には警備隊駐屯地に着くだろう。僕とフェルミは手合わせをすべく対峙している。双方の武器にはデルファの絶対致命傷にならない魔法を付与済みだ。


 前方で対峙しているフェルミは、ぴょんぴょん跳んで準備運動をしていた。僕は両手に細身の剣を持った。左手の剣は逆手に持っている。


 さて、フェルミの速さに対応できるかどうか。今回もフェルミはクロガネを使わない様だった。


 突然フェルミが右側から円弧を書くようにダッシュしてきた。両手を腰の後ろに回し、いつでも短剣を抜ける様にしている。もう少しで接近戦ができるぐらいの距離で、矢継ぎ早に三本の短剣を投げてきた。速い! 一本を避け、一本を左手の剣ではじき、もう一本を右手の剣ではじこうとした瞬間、その短剣は空中で静止した! 


 フックワイヤーか!


 右手の剣の初動をキャンセルする間も無く、フェルミが前のめりになり、後ろに大きく右脚を振り上げる。ルビィにやったあの攻撃だ。僕はその攻撃を受けるでもなく、後ろに躱すのでもなく前に飛び出した。その勢いで両ひざを地面に付けて滑らせ、天を仰ぐ様に上体をのけ反らせ右手の剣で上空を通過するフェルミを狙った。フェルミは上空で脚を前後に広げ上体を下にしたまま、短剣でその攻撃をいなす。


 フェルミが僕の真上を通り過ぎる。左手の剣を背中の地面に刺し自分の勢いを殺した。フェルミが着地した瞬間を背後から狙うためだ。のけ反った体勢から左に半回転して、剣を持った両手の拳を地面に付けダッシュする用意をした。フェルミに向かって駆けだそうとした瞬間、目の前の地面に短剣が刺さった。ワイヤーが繋がっている。飛び出す機会を奪ったその短剣は、ワイヤーに引っ張られ既に着地したフェルミの方に向かっていった。


 フェルミはゆっくり振り向いた。その両手にはワイヤーが繋がっている短剣があった。


 なるほど、予めワイヤーに短剣を繋げておいたらブースト無しでも使えるのだな。フェルミは左手の短剣を離し、短剣に繋がっているワイヤーに持ち直した。そして短剣を円状に振り回し始めた。突然右手の短剣を直接投げてくるフェルミ。遅れて左手の短剣がフェルミを中心とした大きな円弧を描きながら僕の右側から襲ってきた。正面から来る直線的な攻撃を右に躱し、右から来る短剣に備えた。大きな円弧を描きながら飛んでくるその短剣のワイヤーの長さは少し短く僕には届かない、……はずだった。僕の前を通り過ぎる瞬間、その短剣はこちらに向かってきた。フェルミはワイヤーを握る力を緩めたのだ。右手の細身の剣でいなそうとしたら、その短剣は途中で引かれる様にフェルミの方に向かって行った。


 フェルミは中距離戦もできるのか。


 ブラッドサッカーを放てば一発で勝敗が決まりそうだが、流石にそれは出来ない。


 僕は、フェルミの一方的な中距離からの攻撃を何度も受け流していた。左右と上からの円弧攻撃、正面からの直線的な攻撃。これらを組み合わせた代わるがわる仕掛けてくるフェルミ。この中距離攻撃の間合いが続いている。もちろんフェルミからの一方的な攻撃が続き、僕は防御するしかなかった。


 接近戦に持ち込むしかないよな。


 左と右から大きな円弧を描いて短剣が飛んでくる。当然、正面から飛んでくる短剣は無い。僕は一気に間を詰めるべくフェルミの方に向かって走り出した。フェルミの表情に笑みが浮かぶ。僕の突進を予想したかの様に構えるフェルミ。ワイヤーはまだ左右に広がったままだ。フェルミもこっちに向かってきた。その両手には短剣が逆手にしっかりと握られていた。短剣の柄の輪を通してワイヤーが伸びていた。


 ワイヤーの先はフックだけか!


 接近戦の距離に入るや否や、フェルミが右手の攻撃を繰り出す。僕は左手のブラッドサッカーでそれを受けた。蹴り上げようとしてきたフェルミの右脚を、僕は左脚で踏み押さえつける、さらにフェルミは左脚を蹴り上げようとしてきた。


 それだ!


 右手の細身の剣を無防備なフェルミの左腿を狙って突き出した。フェルミはその攻撃に応じて右脚の蹴りを止め、左手の短剣で僕の剣を受けようとした。だが、そこには細身の剣の刀身は無かった。右手の剣は咄嗟に逆手に持ちかえていたのだ。その刀身はフェルミの左脚の手前で構えた短剣が無い方向、つまり上側にあった。僕は右手首を捻り、その剣先をフェルミの無防備な左の首元に添えた。フェルミも空いた左手の短剣を僕の右脇に当てていた。


 フェルミの首から薄っすらと血がにじんでいた。僕の右脇は革鎧が守ってくれていた。防御用に繰り出したフェルミの左の短剣は、攻撃するための勢いが無かった様だ。この手合わせ、ちょっとでも流血した方が負けだ。


「終わり、だよな?」


「ぶー。ぶー。ぶー。ぶー。」


 僕とフェルミは力を抜いた。フェルミはかなり不満そうだった。


「なぁフェルミ。クロガネが無くても良いんじゃないか?」


「あれは人間用じゃないけん。」


「え?」


「竜を倒すための武器なんばい。いざっちゅうときのために持っとぅと。」


「な、なるほどね。」


 竜なんて一体どこに居るんだよ、とは言わないでおいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング 一票入れて頂けると嬉しいデス。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ