第47話 掘り出し物 ~ネイ~
* * *
――ネイ達がマグシムネに到着した二日後のことである。
「あら、ネイではありませんか。久しいわね。何年ぶりかしら?」
私は一昨日の予告通りにルーシッドの骨董屋に一人で来た。ロック達はもう一度クエストが受注できないかインディート仲介所に行っている。
「あなたボケてるの?
それは一昨日言ったセリフでしょ。良さそうな掘り出し物は用意できたのかしら?」
「そうそう、そうでしたわ。
時間があまりなかったものですから、ご期待に添えられるかしらね。」
少し心配そうに言うルーシッド。
「急にお願いしたのは私の方だから気にしないで。とりあえず見せてもらえるかしら?」
私は、カウンターの前にある椅子に勝手に腰かけた。
「まずは、魔法教典ですわね。十八年ぐらい前に没落貴族の図書の中から発見されたものを仕入れてましたのよ。パドラの書のオリジナル、第十三巻ですわ。いかがかしら? オリジナルはなかなか珍しいですわよ。」
そういいながらルーシッドはカウンターの下から一冊の本を取り出した。
「ちょっと見せてもらえるかしら。」
私の問いに対して、ルーシッドはその魔法教典の上に右手を置いてページを開かせない様にした。
「最初の数ページだけですわよ。あなた、一度見たら全部覚えてしまうのだもの。それを知らなかった頃は、多分わたくし大分損をしていたのではないかと思うのよ。初めてここに来た頃、本を何冊か一通り眺めてたことがあるでしょう?」
読むのを阻止するために置いた右手を魔法教典の上からずらしながら言うルーシッド。
確かにその通りよ。結構タダ読みさせてもらったわね。
「あの頃はお金がなかったし、ガツガツしていたから……。今は申し訳ないと思ってるわ。だからこの店の品を買うことで、その時の恩を少しずつ返そうと思ってるのよ?
これはずいぶん昔から言っているし、実際に何度も此処に買い物に来てるじゃない。あなた、本当にボケちゃってるの?」
私は魔法教典を数ページめくって内容を確認しながら言った。
ふむ。パドラの書の第十三巻は読んだことが無いから買いだわ。
「そうそう、そうでしたわ。
ところでネイ。『厄災ペア』の相棒は、あれから会ってないのかしら?」
昔話ついでだろうか、ルーシッドはまた古い話を持ち出してきた。
「厄災ペアじゃないわ、『フォーチュンフェアリーズ』よ。」
「あら? フォーチュンフェアリーズって名前だったかしら? そちらの名前は憶えていないわね。厄災ペアの通り名の方が有名だったでしょう。皆、そちちの名前であなた達を呼んでいましたわよ。」
まったく不名誉極まりない通り名だった。その汚名を着せられたのも、全て相方だったカーリーがすぐに色々なもの破壊してしまうせいだった。
「あいつは、あの後どこかの国の傭兵になったらしいわ。そのあとの足取りは全然知らないわよ。とっくの昔にどこかで野垂れ死んだんじゃないかしら? それで? これはお幾らなの?」
こんな古いものばかりを置いているところに居ると、話題も古いものになってしまうのかしら。
今ここに居る二人も、店に並んでいるものも全てが古かった。
「貴重なオリジナルよ。これくらいは頂きたいわ。」
ルーシッドは三本の指を立てて言った。
「売り戻すなら、八割で引き取りますわよ。完璧な写本を作ったら、さらにその三割で引き取りますわ。いかがかしら?」
「悪くない話ね。暇なときに写本を作っても良いかも知れないわね。いいわ。買いましょう。」
「毎度ありがとうございます。」
満面の笑顔でルーシッドが答えた。
「他に面白そうなものは無いのかしら?」
「そうねぇ。あなた変わったモノが好きでしょう? あなたの気を引きそうなものはこれらかしら。」
ルーシッドはカウンターの下から幾つかのアイテムをカウンターの上に並べ始めた。
「風切りの扇、悪夢の呼び鈴、人化の指輪、それと、遅延のタリスマンですわね。」
私は人化の指輪に興味を引かれた。ゼロとの約束もあるし。
「人化の指輪はどういった物なのかしら?」
ルーシッドはその指輪を親指と中指でつまんで持ち上げて見せた。
「これは特殊な性癖を持っていた貴族が作らせたものらしいですわ。あるルートを経由して入手することが出来ましたのよ。マニア垂涎の品物なのですって。
これを指にはめて触れた動物を、一定時間獣人にしてしまうというものですわよ。人化すると言っても中身は動物のままで、容姿だけが人間そっくりになるということですわ。一日一回五分間の効果時間ですわね。
まぁ、マニアがこれで何をするのかはご想像の通りですわ。犯罪になりませんからね。ただそれだけのアイテムですわ。」
なるほどね。ゼロに使ったらどうなるか試してみたいわね。
「それも頂こうかしら。」
ルーシッドが少し驚きの表情を浮かべた。
「永久氷のヴァティと言われたあなたに、そんな性癖があるとは知りませんでしたわ。とても興味がありますから、これ位におまけしておきますわよ。」
ルーシッドは立てた二本の指を一本にした。
また古い話が出てきたわ。この店に居続けるとあまり良い感じはしないわね。
「それで結構よ。あと、ルーシッド。あまり面白くない昔話は控えてもらえないかしら? そんな昔話、子供を寝付かせるにも使えはしないわよ。」
私は換金証書をカウンターに広げて置き、魔法教典と人化の指輪を受け取った。
「今日は二人きりではありませんか。問題は無いでしょうに……。
わたくし、とても古い友人と昔話に花を咲かせてみたく思いましたのよ。ほら、歳を取ると昔が愛おしくなってしまうことってあるでしょう?」
「いいえ。私は前を見るのが好きよ。後ろなんか振り返っている暇は無いわ。」
そんな私の話を聞いて、さみしそうな顔をするルーシッド。
それを見て、何かが私の脳裏を横切った。
「ま、まぁでも、たまに寄ったときに少しくらいは付き合ってあげるわよ。」
ルーシッドは右手の甲を口に軽く当てくすりと笑った。
「ありがとう。
何があったのか知りませんが、あなた、やはり変わりましたわ。まさか、絶対に溶けないと言われてた氷の心を溶かした人が居らっしゃるのかしら?」
「何を言ってるの?
ところで、私がマグシムネに来てない間に、何か面白そうな事件ってあった?」
「事件に面白いことって有るのかしら? そうですわね……。
厄災ペアって二人組が突然この街に現れて――。」
「ちょっと!! あなたわざとボケてる振りしてるんじゃないの?」
「そうそう、そうでしたわね。
今から十九年前に、魔法学園内で騒動がありましたわ。ある研究者のラボを別のある研究者が学園外部の人間を引き込んで襲撃してめちゃくちゃに破壊したのですわ。襲った研究者の死体だけが見つかったのだけれども、その動機は不明なままとのことですわ。」
「魔法がらみかしら? 被害者と犯人の名前は知られてるの? 外部の人間はどうなったの?」
「被害者は現アスラ副園長、襲撃した犯人は研究者のミュー。そして外部の人間は魔法使いらしいのだけれど行方不明ですわ。」
「二人の研究専攻は何なのか知ってる?」
「アスラ副園長は色々な魔法を研究しているから特定の専攻は無いのではないかしら。ミューは確か古代の不老に関する魔法を専攻してた筈ですわ。」
不老ね……。役に立ちそうも無いわね。
「他に何かあるかしら?」
「今は思い出せないわね。」
「そう……。」
私は机の上にある紙とペンを取り、配達クエストを達成できる程度の情報、つまりロック名義の屋敷の場所の地図を書いた。
「何か思い出したら此処に手紙でも送ってちょうだい。今は此処に住んでるの。
じゃあ、もう帰るわ。この街からも数日後には出て行くから。今度会うのはいつか分からないわよ。」
そう言い放って、私はルーシッドの店を後にすることにした。
「すぐに戻ってきて貰える様に、良い品を揃えておきますわよ。」
私はルーシッドの声を背後で聞きながら店の入り口に向かって歩いた。
そして、ドアを閉めるときにちらりと見えたルーシッドは笑顔で右手をそっと振っていた。
ルーシッド:「ネイったら、いつも慌ただしいですわね。今度はいつ会えるのかしら……。そうそう、仕入れた荷物を整理しなければなりませんわ。デルファ、手伝ってちょうだいな……。あら? どこに行ったのかしら? デルファ、デルファ~。」




