第46話 狂戦士フェルミの首輪
* * *
僕らは宿の食堂に集まっていた。テーブルと一匹の猫を、五人で囲んでいる。僕、ネイ、ルビィ、ゼロ、デルファ、そしてフェルミだ。臨時で受けたクエストは無事に達成することができたのだが……。
「フェルミ、ちょっと聞かせてほしいんだけど良いかな。」
僕はフェルミに話しかけた。
「いいばい。」
「まずは、能力のことから良いかな。妖魔退治の時、能力を使ってただろ。」
「うん。ウチの能力は、思考ブーストなん。普段はあんまし計算しきらんけど、この能力発動中は思考や計算がでたん早くなるけん、いろんなことができるんばい。戦闘とかでしか使えんちゃけどね。まぁ、ちょっと見ちゃりぃ。」
フェルミの瞳孔が開き、瞳の奥が深緑に光りはじめた。フェルミは胸から投げナイフを四本引き抜き、回転させながら真上に投げた。同時にテーブルの上のゼロが、すっとネイの方に移動した。そしてフェルミは自分の右手を指を広げて、ゼロが居たテーブルの上の真ん中に置いた。フェルミの瞳はすでに普通に戻っている。能力を解いた様だ。
回転していた投げナイフが互いにぶつかってテーブルに落ちてくる。四本の投げナイフはフェルミの指の間にそれぞれ一本ずつ刺さった。フェルミの指は傷ついていない。
「おお、すげ。」「見事。」
驚嘆の声を出したルビィとデルファを含め全員が驚いた。
「その思考ブーストは、何分ぐらい継続できるのかしら?」
ネイがフェルミに尋ねた。
「一日で、合わせて五分間くらいなん。それ以上能力を使うと寝てしまうっちゃ。」
能力、つまり魔法に使う生命力の限界が五分ってことだな。
「あらあら。五分はちょっと短いかも知れないわね。もちろん思考ブーストしなくても戦えるんでしょ?」
ネイが続けてフェルミに聞いた。
「ウチ、でたん力持ちやけん、大丈夫ばい。普通に戦えるけん。」
力こぶを両腕で作る様に言うフェルミ。
「それから、その大剣、どんな仕掛けがあるんだい?」
僕はフェルミに言った。
「この大剣の正式名称は『クロガネ壱九零壱式』って言うんばい。」
後ろの柱に立てかけられている大剣を、親指で指さしながらフェルミが言った。
「まず、両刃の部分が外れて二本の剣になるんばい。両刃の根元の方にそれぞれ握るところがあるやろ? それが二本の剣の柄になるん。あと刀身の真ん中を飛ばせるんばい。飛ばせる真ん中の部分はパイルっち言うんよ。さっきは地面に刺さっとったパイルが飛ぶ代わりに、反動で本体側が飛んだんばい。パイルと二本の剣を外して残った本体も、先割れの両刃の大剣みたいに使えるっちゃ。」
いったい、クロガネは一体何を相手にすることを想定した武器なんだろう。
「魔法装備じゃないわね? それ。」
ネイがクロガネを見ながら言った。
「うん。でも、でたん頑丈なんばい。」
「あと、戦闘中にフックワイヤーを使ってただろ?」
僕は戦闘中の事を思い出して尋ねた。
「フックワイヤーは両手の小手に仕込んどるん。まだ思考ブーストしたときにしか上手く扱えんっちゃ。いつかはブースト無しで上手く使える様になるけんね。あと、フックワイヤーを持っとるけん、引っ掛けて使える様に、ウチの武器には穴がほげとんばい。」
フェルミは、柄の端に穴が開いた短剣と投げナイフを見せながら言った。
「むしろ、その両手の小手が魔法装備じゃないの?」
ネイが聞いた。確かに、ワイヤーが仕込まれているにしてはフェルミの両腕にフィットしているくらい薄い。
「知らん。」
しれっと答えるフェルミ。本当に知らないのだろう。
「キャスティに聞いたら分かるかな? そう言えばそのブーツ、材質もそうだけど踵が特徴的だな。」
「石畳とかの上でウチより重たいクロガネを振り回わす時に、滑らん様にしとぉと。このブーツやったら穴をほがして滑らんくできるっちゃ。あと腕の力で振り回すよか、クロガネの刃の部分を蹴った方が振り回しやすいことがあるん。でたん重たいけんね、クロガネは。
言っとくけんが、踵が高いんは背を高く見せるためじゃないんばい。」
あ、それは理由の一つだな。ブーツを脱いだらキャスティよりも背が低いんじゃないか?
「そんなに強いのに、何故どこの冒険団にも入ってないんだ?」
ルビィがデリケートな話題に切り込んでいった。
「ウチ……、戦闘になると周りが見えんくなるん。我慢しきらんくなるっちゃ。
だけん、誰もクエストにかっててくれんと。」
デルファが敵を発見したときの興奮状態は、そう言うことだったのか。
「また、勝手な行動をするのか?」
「そ、それは無いです。」
フェルミはボコボコにされたことを思い出したのか、耳を伏せながら言った。なるほど、あのゼロの乱暴な教導は功を奏している様だ。まるで猛獣の首輪の様に。
「さて、どう思う? ルビィ。」
「やっぱり二人とも団員にしようぜ、ロック。」
ルビィが答えた。
「デルファは魔法が役立つことが分かったから良いだろ? フェルミも強いから、正式に団員にしようぜ。」
「フェルミ、改めて聞くけどどうだい?」
僕はフェルミに聞いた。
「食べれて、戦えれば、ウチは言うこと無いばい。」
炒った豆をぼりぼり食べながら応えるフェルミ。
「二人とも団員になるってことで良いんだな? ロック。」
「ああ。じゃあ、二人ともよろしくな。僕らの団員になってくれ。
あとフェルミ、自分で本当に必要と判断したときを除いて、思考ブースト能力は僕が指示したときだけ使う様にしてくれないか? いざという時のために思考ブーストは温存しておきたいんだ。」
僕は、デルファとフェルミに言った。
「よろしくお願いするでござる。」「分かったばい。」
僕はデルファとフェルミと握手を交わした。
「あ、俺も握手。」
ルビィも二人と握手を交わした。
「……仲間。……良い響きでござる。前の世界では仲間が協力して、強大な敵を倒す物語が人気だったでござるよ。」
デルファは『仲間』という言葉に一人感動して、少し声が震えていた。
デルファの目は涙目なのだろうか? 前髪で隠れて全然見えないけれど。
デルファ:「フェルミ殿、その投げナイフや短剣はクナイという武器に似ているでござるな?」
フェルミ:「そうなん? フックワイヤーに引っ掛け易い様にしただけばい。」
デルファ:「クナイは潜入時に使う道具だったらしいから、自ずと似てくるのかも知れないでござるな。」
ロック:「色々知ってるよな、デルファは。」
デルファ:「めっそうもござらん。たかが前の世界の知識でござるよ。」
ロック:「その『たかが』を自分で練り上げた事に驚いているんだけどな。」
デルファ:「はて?」