第45話 臨時クエスト
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僕らは街門を出て妖魔が出没するらしい地点に近づきつつあった。街門から離れた街壁の近くの森で、小型妖鬼が出没するらしい。一般人が滅多に訪れることが無い場所なので人的被害の可能性が低いとのことだが、街から近いのですぐに討伐しておく必要があるとのことだった。
――僕らはインディート仲介所でこのクエストを請けた。インディート仲介所はマグシムネにおいてメジャーなクエスト斡旋所の一つらしい。ハロルドワーク発行の冒険者証明書をインディート仲介所に提示したら、小型妖鬼の討伐クエストを斡旋してくれたので受注することにした。元ジェイス団の団員が二人居るということで臨時の派遣隊でも請け負うことを許可してくれたのだ。このリポップポイントの担当冒険団にトラブルがあって対応できないという事情もあったらしいが。それもこれも、ルビィが受付嬢と交渉したので事態が上手くいったのだ。
「左前衛をルビィ、右前衛をフェルミ、デルファはルビィ支援の中衛、僕はフェルミ支援の中衛でいく。ゼロはいつもの様に僕の近くに居てくれ。治癒の魔法羊皮紙は、各人二枚づつ配るからな。負傷した場合、戦闘中に使うか、戦闘が終わったら使うかを、各自適宜判断してくれ。仲間が自分で治癒の魔法羊皮紙を使えない様子だったら、周りの仲間が手当てをしてやってくれ。ただし、治療してやる側にまだ危険がある様なら、無理に治療する必要は無い。危険を承知で冒険者に身を置いた以上、自分の身を自分で守ることを最優先して欲しい。」
ジェイス団に最初に入った時、こういったことを聞かされたことを思い出した。今は、逆に説明しているのだ。
……ジェイス、まぁ見ててくれよ。
「デルファ、周囲の探索をしてもらるか?」
早速デルファの魔法を役立ててもらうことにした。
「了解でござる。」
槍を携えたデルファが集中を開始する。
「名もなき精霊の聖刻に依りて呼び求める。索界発動!」
前髪の間から見えたデルファの片目の瞳孔が開き瞳の奥が深緑に染まった。
デルファは魔法を使うときに言葉を発するんだな。
「ふむ。約五百メートル先の森の中に、妖魔が十三匹。こちらには気づいていない様子でござるな。」
デルファは森に向かって指さしながら言った。
「すっげーな。その魔法。」
ルビィが目を輝かせて関心している。
一方で、フェルミの尻尾が膨らんでいる様だ。しかもそわそわと落ち着きがない。
「妖魔は身を隠さないから、発見が比較的簡単なのでござる。隠れようとする人間は、この魔法で発見するのは意外と難しいのでござるよ。であるからして、ほぼ妖魔専用の探索魔法でござるな。」
なるほど。そういうものなのか。
「ウチ、アイツらを潰してくるっちゃ。」
突然、フェルミが勝手に森の方に駆け出した!
「ちょっ――」
僕がフェルミを止めようとした瞬間、ゼロが僕に「代われ」の合図をして僕に飛びついて来た。
僕とゼロが入れ替わった瞬間、僕はゼロを抱えたまま物凄い勢いで走り出しフェルミを追った。
僅か数秒後、フェルミに追いついた僕はゼロを地面に放って、フェルミの襟首を掴みその場に倒した。倒れたフェルミの目が異様なほど爛々としており、かなり興奮している様子だ。そして僕はフェルミを立たせ目に留まらぬ速さで数発拳を腹に叩き込み、最後に体重が掛かった前蹴りをフェルミの胸部に入れた。
吹き飛び、樹の幹に打ち付けられるフェルミ。そしてその樹の根元に落下した。
おい、おいおい!!
そして、僕はぐったりとしたフェルミに駆け寄り、フェルミの首の左右近くの樹の幹に剣を二本突き立てた。まるで殺してしまうかの様な勢いで。
「勝手な行動をするんじゃない!」
僕が低い声で言った。恐怖で目を丸くするフェルミ。さっきの興奮は吹き飛んでいる様だ。
「はい。」
「次は無いぞ。」
「はい。」
剣を樹の幹から抜き鞘に納めながら僕がゼロにゆっくり近づいて来た。
「フェルミはまだ矯正されていない猫耳族だった様だな。はぐれ者だったから誰も矯正しなかったのかも知れん。恐らくこれで矯正はできただろう。
では、代わろう。」
事もなげにそう言った僕と、僕は意識を入れ替えた。
「矯正って……、こんな事して大丈夫なのか?」
「にゃ」
僕の質問にゼロは『周囲に異常無し』の合図を送って来た。そして後から追ってきたルビィとデルファがフェルミに駆け寄った。
「独りよがりの勝手な行動は、チーム全員を危険にさらすことになるのでござるよ。フェルミ殿、気を付けてくだされ。」
至極真っ当なことを言うデルファ。
「派手にやられたみたいだな。」
何故か楽しそうなルビィ。そしてフェルミが立ち上がるのを助けるべく右手を差し出した。
「うん。」
耳が垂れしょんぼりしているフェルミ。
「大丈夫か?」
僕が近くによると、ビクッと身を強張らせるフェルミ。
……これは、薬が効き過ぎじゃ無いか? ゼロ。
「さて、森の中での戦いは不利でござろう、街壁までおびき寄せるのが良いかと。」
妄想が無ければ常識ある人間だと思われるデルファが言った。
「確かにそうだな。でもどうやっておびき寄せる?」
僕はデルファに聞いた。
「さ、さっきはごめんっちゃ。ウチ、囮になるけん。大剣からわんかったら、いっちゃん身軽やし。」
「フェルミ殿、『からわん』とは何でござるか?」
デルファは、フェルミに聞いた。
「からうは、背中に乗せて運ぶ意味ばい?」
「なるほど。」
「良いのか? 大剣を置いていくことになるし、危険だぞ。」
僕はフェルミに聞いた。
「だ、大丈夫っちゃ。いえ、大丈夫です。」
フェルミは腰に帯びている四本の短剣を指さして言った。
「じゃあ、おびき寄せる役を頼めるか? ちゃんと身の安全を優先するんだぞ?」
「分かりました。」
「頼むから、普通にしゃべってくれよ。もう暴力を振るったりしないからさ。」
僕は精一杯の笑顔でフェルミに言った。
「分かりました。」
ますます、耳を伏せるフェルミだった。
これが矯正なのか?
言葉を話せないゼロは、ゆっくりと尻尾を振っていた。
* * *
僕ら一行は妖魔との距離が縮まらない様に、外壁近くまで歩いた。そこは街壁と森との間が百メートルほど開けている。マグシムネの街壁周辺も、最低限の防御策は取られている様だ。
「デルファ、ここらで良いかな?」
「そうでござるな。」
「ここまでおびき寄せれば良いっちゃね?」
フェルミは大剣を大地に突き刺しながら言った。大分恐怖感が取り払われている。道中なだめ続けた甲斐があったと言うものだ。
フェルミのその重い大剣は、しっかりと地面に突き刺さり誰もそれを抜くことができなさそうだ。装填済みの石弓が二丁、大剣の鍔にぶら下がっていた。
「じゃぁ、行ってくるけん。」
「気づかせるのは一匹で良いでござるよ。さすれば後は勝手に群れて来るでござる。後はしっかり追いつかれない様に、急いで此処に戻ってくるのでござるよ。」
「分かったばい。」
「気を付けてな。」
僕の声掛けに、片手を上げながらフェルミは森の方に駆けて行った。それを見送った僕らは、ルビィが大剣の左側に、デルファがルビィと大剣の間の後方、僕が大剣の右後方に陣取った。
* * *
フェルミはなかなか戻ってこなかった。
「遅いでござるな。また勝手な行動をしていなければ良いのでござるが。」
デルファがそう言ったとき、森から一つの人影が飛び出してきた。フェルミだ。その双眸は深緑に光っていた。
フェルミも能力者か!
「左四、右三、中央六!
左はルビィとデルファ、右はロックお願い。真ん中はウチがやるけん!」
フェルミがこちらに駆け寄りながらそう言った。その瞬間、フェルミの方から何かが二つ飛んできてそれぞれ大剣にぶら下がっている石弓に当たった。そして二丁の石弓は、フェルミの方に吸い寄せられる様に飛んで行った。
フックワイヤーだ!
フェルミが石弓を引き寄せた直後、森から十三匹の妖魔が一斉に現れた。フェルミの言った通り、中央に六匹、左側に四匹、そして右側に三匹だ。
フェルミは両手で石弓をキャッチし、即座に左右に矢を放った!それぞれの矢が左側の妖魔を三匹に減らし、右側の妖魔を残り二匹にした。
上手い!
フェルミが再び二本のフックワイヤーを大剣の方に飛ばした。フックの一つが大剣の鍔にしっかりひっかかり、もう一つのフックが大剣の刀身の途中の突起に引っ掛かる。そして、フェルミがそのフックワイヤーを引っ張り、突起を引き抜いた瞬間、その大剣は宙にジャンプした。そして鍔にかかったワイヤーに引かれて軌道修正した大剣は、フェルミの方に飛んで行った。大剣が慣性で飛んでいくのに任せたフェルミは、腰の短剣を両手でそれぞれ抜き、二本とも中央の妖魔に投げつけた、そしてまた二本。その短剣はあっという間に妖魔を四匹屠った。
フェルミの方ばかりを観察している暇はなかった。僕に迫ってきた二匹の妖魔。飛びかかってた一匹を右手の剣で下から切り上げつつ僕の身体を越えさせ後方に流した。そして、もう一匹が繰り出す剣の突きを躱し、左手の剣でそいつの喉を貫いた。フェルミが僕の相手を二匹に減らしてくれていたので、あっさり右翼は片が付いた。
左翼では、デルファの槍の突きがルビィに飛びかかってきた妖魔を貫き、当のルビィはその槍の下でもう一匹の妖魔を切り裂いた。デルファの槍も剣士に負けないくらい突きが鋭い。ルビィの方にはもう一匹いたはずだが、すでに片付けていたらしい。
フェルミは!?
フェルミは飛んできた大剣を掴むと、刀身が下になる様に大地に振り下ろした。その大剣の向こうに妖魔があと二匹。妖魔の攻撃は大剣に阻まれフェルミに届かない。フェルミは大剣の横から身を出し一匹の妖魔に蹴りを食らわせた。妖魔が後ろに吹き飛ぶ。そして、大剣の柄を握り、大剣の刃の先の方を蹴飛ばした。蹴られた大剣は柄を中心に下から上に円弧を描きながらもう一匹の妖魔に襲い掛かり、妖魔を真っ二つに分断した。フェルミは、宙に浮いた大剣から二本の剣を分離させて取り出し、両手に持った。そして先ほど蹴り飛ばした妖魔に突進し、その妖魔を左右の斬撃で斜め十字に切り割いた。
なんだ?! なんだ!? なんだ!! あのフェルミの強さは。
そして、二本の剣を分離された大剣の残り部分が、戦いの終わりの合図の様にザクリと地面に突き刺った。
フェルミはうっとりとした表情を浮かべ、両手の剣をだらりとぶら下げて直立していた。
「よし。片付いたな。デルファは念のため周囲索敵を、残りは魔核の回収を始めてくれ。」
「了解でござるよ。」「オッケー。」「にゃ」
僕らのクエストが、終わろうとしていた。
ロック:「フェルミ、行くぞ。」
フェルミ:「……。」
デルファ:「これは……、恍惚状態でござるな。」
ルビィ:「戦いで気持ち良くなるのか!? 羨ましいな、俺も味わってみたいぜ。」




