第44話 デルファの世界
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――ロック達がマグシムネに着いたその夜のことである。
僕らは宿の食堂に集まっていた。丸いテーブルを五人と一匹が囲んでいる。僕、ネイ、ルビィ、フェルミそしてデルファだ。ゼロはテーブルの上に居るので、囲まれていると言った方が正しい。
フェルミは比較的値段が安い炒った豆ばかりを食べさせられていたが、不平を言うでもなく黙々と食べている。ナンディはこの宿に付随する厩舎にあずけてあった。
「団員にするかどうかは、もうちょっと様子を見てからで良いかな?」
僕はデルファに言った。
「もちろんですぞ。」
「フェルミもな。」
併せてフェルミにも言った。
「良いばい。」
さて、デルファがどんな奴かを確かめよう。
「ルビィが言ってたけど、デルファは魔法使いだってね。詠唱魔法使いかい?」
編纂魔法使いにはそうそう簡単に巡り合える訳は無い。キャスティの場合がかなり特別だったのだ。
「そうでござる。」
「何と契約したのかしら?」
ネイが割り込んできた。
「『名もなき精霊』と契約したのでござる。多くの魔法使い冒険者が契約する火の精霊や風の精霊とは契約できなかったのでござるが、良く分からない精霊と偶然にも契約できたのでござるよ。そしてその正体を知るべく、ここマグシムネに来たのでござる。判別できる魔法使いが居るかも知れないでござるからな。しかしながら、結局その正体が分からなかったのでござるよ。であるからして、名もなき精霊なのでござる。」
「詠唱魔法使いには違いないんだろ? どんな魔法が使えるんだい?」
僕はデルファに聞いた。
「正直に言えば、大した魔法は使えないのでござる。であるからして、小生、なかなか他の冒険者と組むことが出来なかったのでござる。だから食い扶持を稼ぐために、ルーシッド殿の骨董屋で雇ってもらっていたのでござるよ。」
「『大したことはない』は、聞き飽きてるからもう良いわよ。それで?」
大したことは無いという言葉にウンザリしている様子のネイが聞いた。
「様々な効果を付与するエンチャント系が多いでござるな。武器が見えにくくなる効果、刀身が光る効果、絶対に致命傷にならない効果。あとは、周囲の探索、虫や鳥の鳴きまね、小動物の幻影創造などでござる。」
いや、使い方によっては凄い魔法がある気がするぞ。
「すっげーな。本当にぜんぜん使えなさそうだな。あ、でも剣を光らせたらカッコいいな。今度おれの剣を光らせてくれよ。」
ルビィが入ってきた。はっきり使えないって言ってしまっているが、それでもデルファを受け入れている様だ。
さてはルビィのやつ、光る剣以外に何も考えてないな。
「そのとおり、あまり使いどころが無いのでござるよ。ですから小生、魔法だけではなく多少の槍術も身に付けてるのでござるよ。」
「槍使いか! 魔法も使えるから、魔法剣士みたいだな! すっげーな。」
炒った豆をぼりぼり食べながらフェルミが二人の会話をだまって聞いていた。
「いえいえ、めっそうもござらん。あくまで本職は魔法使いでござるよ。」
「今度、手合わせしてみようぜ。あ、互いの武器を光らせてな。」
ルビィは傍から見ても分かるぐらいワクワクしながら言った。
「ねぇ、あなたのその服装、まるで東方の島国のジャポーネの民族衣装なんだけど、あなた自身は全然ジャポーネ出身者ぽくないわね。」
ネイはデルファの外見について質問した。
冒険者向けの魔法は興味が無い様だ。
「小生、ジャポーネは全然知らないでござる。この服は前世の記憶を元に、裁縫してもらったのでござるよ。」
「そ、そうなの。で、その前世とやらの記憶は、どのくらい鮮明なの? どのくらい前に記憶がよみがえったの?」
ん? ネイの表情が少し引きつっている。
「あるとき突然、前世の記憶を思い出したのでござるよ。
その世界では鉄の船が空を飛び、馬が引かない鉄の馬車が行き交い、誰もが遠く離れた国の人間とも対話ができるのでござる。
小生は、その世界でも魔法を練っていた様なのでござるよ。その世界では魔法の箱で鉄の船や鉄の馬車を操作したり、遠く離れた場所とでも会話ができるのでござる。小生は、その魔法の箱に新たな魔法の仕組みを付与するため、魔法錬成をする仕事をしていたのでござる。
であるから、こっちの世界でも苦も無く凄い魔法が使えると思ったのでござるが、この有様でござる。」
「へ、へぇ。前世の世界は凄いところだったみたいね。」
ネイは僕の方に体を寄せてきて、耳元でささやいた。
「ロック、こいつはあれよ。思春期の不安定な時期に思いついた妄想を大人になっても引きずってるタイプの人間。歳を重ねるにしたがって、その妄想がしっかり練り上がってるから、本人でもその真贋を分離できなくなってきてるのよ。こんな奴も居るのね。あ~恐ろしい。
で? 前世の記憶の妄想はしかたないとして、冒険者としての適正はどう考えてるのよ、あんた。」
「魔法は使い方次第で役に立ちそうだと思うよ。前世の記憶の方は、今のところデルファの服装にしか影響していないみたいだし、冒険の弊害にはならないんじゃないかな? 多分。
それに、これまでかなり苦労してそうだから、魔法以外でもいろいろな場面で活躍してくれそうな気もするし。とりあえず様子見かな。」
ネイにだけ聞こえる様に小声でしゃべった。
「ふ~ん。まぁ、冒険団に関してはあんたが決めれば良いわ。フェルミも含めて、ちゃんと特徴を活かすことを考えなさいよ。ほんと、あんたの周りには変なヤツばっかり集まるわね。」
「それはネイも含んでるのかい?」
「殴るわよ。」
脛を蹴られた。
「蹴りながら言うセリフじゃないよ。」
「ところで、様子を見るって言ってたけど、どうやって様子を見るのよ?」
ネイが普通の声のトーンに戻って言った。
「う~ん。この街にもクエスト斡旋所はあるんじゃないかな。そこで簡単なクエストでも受けてみようと思うんだ。」
「いいなそれ! 行こうぜ!! ネイ、この街にはいつまで居座るんだ?」
ルビィが乗ってきた。
「別に急ぐ旅でも無いわ。目的のもう一つに、ロックの団員勧誘があるから、そのために長く滞在しても良いわよ。それに滞在中のフェルミの食費も稼いでもらわないと困るし。
私はその間、街中をぶらついて珍品がないか物色したり、魔法学校の図書館に行ったりするわ。そうそう、シィへのお土産も考えなきゃね。」
「図書館と言えば、前の世界では世界各所の図書館が魔法で繋がっていて、どこに居ても全ての本が読めたでござるよ。」
デルファが、図書館というキーワードで思い出した前世の事を話し出した。
「へ~。そうなのね。」
ネイが適当に相槌を打ち、僕の方を見た。そしてその視線をデルファと僕の間で何度か行き来させた。
あぁ、そうか。デルファの妄想話は、僕が処理しろってことだな。
ルビィ:「そのローブ、変わってるな。」
デルファ:「キモノと言うのでござる。」
ルビィ:「ござるって言うのも変わってるな。それは前の世界でも使ってたのか?」
デルファ:「それは……。」