第43話 マグシムネ侯国への旅5
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「見ろよ、ロック。やっと着いたみたいだぜ?」
警備隊の駐屯地でもある連絡用の早馬の駅で食材補給や宿泊を合計二回行い、さらに野宿を合計五回して、ようやく僕らはマグシムネ侯国の街門が見えるところまで着いた。外壁越しに見えるのは数多くの茶色い細長い尖塔だ。それぞれの尖塔の先端には細長い三角の旗が風になびいている。赤と白と緑の三種類の旗が見えた。途中で合流したフェルミもちゃっかり付いて来ている。
「サルファ商国よりもずっと古い国よ。色々なものが詰まってるわ。色々なものがね。」
ネイが目を細くして、マグシムネの街を眺めながら言った。僕らはその街に向かった。そして街門で手続きをして街の中に入った。
「宿泊先を探さなきゃならないんだろ?」
僕はネイに聞いた。
「えぇ、でもその前にちょっと馴染みの店に寄りたいわ。」
マグシムネにはサルファ商国の様に活気があるわけではないが、落ち着いた雰囲気があり人々の平穏な暮らしが感じられる。その街並みをナンディが引く四輪荷車を引き連れて歩いていく一行。僕は先頭を歩いているネイに並んで歩いていた。ルビィがそのすぐ後ろでナンディを引いてくれている。ゼロが御者台を牛耳っており、フェルミは荷車の横を歩いていた。
食品や生活雑貨の店が並ぶ街並みを抜け、何だか怪しい店が並ぶところに着いた。ネイは迷うことなく、古めかしい一軒の店に向かう。
「ルビィとフェルミはここで待っててもらえるかしら?」
「ああ、いいぜ。ナンディとイチャイチャしておく。」「分かったばい。」
ネイのその言葉に二人が応えた。
僕とネイはその店に入った。ゼロが御者台から飛び降りスルリとその店に一緒に入ってきた。埃っぽいその店は、天井まで届く棚に、所狭しと雑多なものがうずたかく積まれている。ちょっと触ったら崩れ落ちてきそうだ。
店の奥には僕より背が高い男性と、その男性と同じくらいの高さの女性が居た。女性は明らかに賢人族だ。スラリとした体格でややタイトなローブを着ている。白のチョーカーと指が出ている肘まである白い手袋を身に付けていた。男性の方は人間、だな。髪の毛がぼさぼさで目までも覆いかぶさっている。袖がやけにゆったりしているガウンの様な風変わりな服を着ている。
「残念でしたわね。最初に入ってきたのは女性ですから、あなたはクビです。」
賢人族の女性はその男性に言った。その男性は黙って、ただただうな垂れていた。
「彼をいじめてるの? ルーシッド。」
ネイが賢人族の女性に言った。ルーシッドはネイの方をよく見て、誰であるかをようやく認識した様だった。
「あら、ネイではありませんか。久しいわね。何年ぶりかしら?」
「さぁ? 数年ぶりかしら?」
とぼけた様子で答えるネイ。
「ネイ? 二十三年と八ヶ月ぶりですわよ。記憶力だけは達者なのに相変わらずですね。」
ルーシッドは『だけ』を強調して言った。ネイはちょっと頬を膨らませて不貞腐れている。僕はネイの年月に関しては何も言わないことにしているので黙っていることにした。しかしネイは僕の視線に気づくと、何も言うんじゃないわよ、と言いそうな視線を向けてきた。
「男性のお連れが居るなんて、珍しいこと。」
ルーシッドは僕の方を手のひらで指し示しながら言った。
「ロックよ。私の相棒。
ロック、ここの店主のルーシッドよ。変わったものを扱う骨董商よ。本人もかなりの骨董品だけど、まだ売れていないみたいね。」
双方を紹介するネイ。骨董品と言われてもルーシッドは変わらない微笑を続けている。
「自由になるお金がちょっと溜まったから物色しに来たのよ。宿に行く前に、顔だけでも出しておこうと思ってね。
それで? そこの魂が抜けちゃった様な人は?」
ネイは、ルーシッドと一緒に居た男性を指さして言った。なにやら帰り支度をしている。
「デルファよ。一時雇用店員だったわ。見ての通り人間の男性ね。つい今しがたクビになったのですわ。この店もお客様がそんなに多くないでしょう? 彼とのお話合いの結果、辞めてもらうことになりましたの。」
「話し合いの結果、ね。賭けをしてたんでしょ? もしロックが先に入ってきたらどうなってたのよ。」
ジト目でルーシッドを見ながらネイが言った。
「まだここで働いてたでしょうねぇ。」
しれっと言うルーシッド。
「だそうよ。ロック。」
僕に切り返すネイ。
「いや、僕のせいじゃないだろ。」
「それでは小生、これにて失礼いたす。」
荷物をまとめたデルファがのっそりと店を出て行こうとした。
「ちょっとお待ちなさいな。」
出て行こうとするデルファを止めるルーシッド。
「はて?」
「いえね。短い間だったけどお世話になったお礼よ。これをお持ちなさいな。縁結びのお守り。良い働き口が見つかる様に。」
そういってルーシッドは小さなガラス製のお守りをデルファに渡した。
「これは、感謝いたす。」
デルファは礼をしてあっけなく店を出て行った。
「さて、積もる話もあるんだけど、今日は一旦宿に行くわ。明後日また来るから、それまでに何か面白そうなやつを見繕っておいてもらえるかしら?」
「かしこまりましたわ。お足はどのくらい用意しているのかしら?」
ネイはルーシッドに左腕を突き出し、五本の指を大きく開いた。ルーシッドが明らかに嬉しそうな顔をした。
その指一本の単位はいくらなんだ!?
「ここで全部使いきるとは限らないけどね。魔法教典はあるかしら? 前に来た時から間があったから何か仕入れたんじゃない? あとは何か面白そうなアイテムがあればいいんだけど。」
「かしこまりました。用意しておきますわよ。」
「さて、宿を探しに行きましょ、ロック。」
僕とネイはその店を出ることにした。
ルビィがナンディに過剰な愛情を注いでいなければいいのだけれど。
店の扉を開けると、ナンディの近くにルビィとデルファが居た。フェルミは彼らから少し離れてつまら無さそうにしている。僕らが店から出てきたのに気づいたルビィがこっちに手を振った。
「おーい。ロック。お前、魔法使い探してたろ? こいつ、魔法使いらしいぜ。しかも、異世界からの転生者だってさ。すっげーじゃん。団員にしようぜ!!」
僕はネイと顔を見合わせた。
「縁結びのお守りの効果、すごいな。」「縁結びのお守りの効果、すごいわね。」
ルビィ:「さてはお前、魔法使いだろ?」
デルファ:「ど、どうして分かったのでござるか?」
ルビィ:「そんな台詞を格好良くキメて言ってみたかっただけで、たまたまお前がその一人目だったって訳さ。」
デルファ:「……。」