第42話 マグシムネ侯国への旅4
* * *
「お代わり、まだあるん?」
スプーンを咥えたままのフェルミが、おずおずとネイに聞いた。焚火を囲った僕らに朝日が差し込んできていた。ゼロとルビィは黙々とネイの作った朝食を食べている。
「よく食べるわね、ほんと。キャスティに見習ってほしいぐらいだわ。」
ネイは少し呆れ気味にフェルミに言った。
「大分、元気が出てきたみたいだな。」
僕はフェルミに訪ねた。
「うん。少しは動ける様になったばい。ありがとう。」
「もうちょっと追加で何か作ってみるわ。雑な味でも良いかしら?」
ネイが言った。
「口に入れば、なんでも良いばい。」
「出来上がるのを待ってる間、これでも食べるか?」
僕は、食べ残しのパンとスープをフェルミに見せた。
「うん!」
満面の笑顔を見せるフェルミ。
「私のも食べて良いわよ。」
荷馬車で食材を物色しているネイが言った。
「ふぁい!」
僕があげたパンを頬張りながら答えるフェルミ。
「ところで、ロック? ゼロ……さんって何猫なん?」
フェルミが聞いてきた。
「ん? どうしてそんなことを聞くんだ?」
「ウチに仲間になれって言ってきよるん。そうしたら強くなれるって」
ゼロの方を見ながらフェルミは言った。猫耳族は猫と意志疎通できるのか?
「ゼロがそう言ったのか?」
「うん。」
「他には何て言っている?」
「ロックが決定するんだろうけどって言いようばい。」
「フェルミが強いんだったら、俺らの冒険団に入れたら良いんじゃないか?」
ルビィが割って入って来た。
「まぁ、待てよルビィ。もう少し様子を見てからでも良いんじゃないか。いいよな、フェルミ。」
「いいばい。ウチ、強いけん。」
「そうそう、話を戻すと、ゼロは漆黒のカナテなんだ。」
「え、猫やろ?」
フェルミが言った。慣例の反応だった。漆黒のカナテの名はフェルミも知っているらしい。
「ネイがカナテを猫にして手篭めにしたらしいぜ。」
ルビィが適当なことを言う。
「あら、ルビィは蛙にでもされたいのかしら?」
笑顔でネイが言った。目は笑っていないが。
「ネイの膝に乗れるんだったら、なんでも良いぜ?」
屈託のない笑顔で答えるルビィ。
「蛙ならさばいて、揚げ物料理かしらね。私の膝の上じゃなく皿の上ね。いっそルビィは銅貨にでもなって、シィに管理されなさいな。」
僕は、シィの胸元のガラス玉が銅貨に代わっているのを想像してしまった。
「あはは。それはそれで良いかもな。」
ルビィが嫌がる様子もなく同意した。
「あー、二人とも、話を戻したいんだけど、いいか?
それで、ある事件に巻き込まれてネイが漆黒のカナテを猫に変えてしまったんだ。その時にカナテからゼロに改名したんだ。だから、見た目は黒猫でも中身は人間のカナテ、いや、ゼロなんだ。」
「師匠って呼んでいいやろ?」
フェルミはゼロに向かって言った。
「あ、はい。……え、分かりました。」
フェルミは独り言の様にそうつぶやいた。喋らないゼロと意思疎通をしているのだろう。
* * *
「なぁ、フェルミ、その大剣使えるのか?」
朝食をたらふく食べ、自分の剣を取りに行って戻って来たフェルミにルビィが尋ねた。その変な形の大剣の刀身の中央付近には取っ手が付いていた。盾の様に持てるのだろう。フェルミはその取っ手を持って剣を肩に担いでいる。その大剣は両刃の大剣であるが、刀身の先端は太い杭の様な形だったし、両刃の鍔側の根本は、刃の代わりに柄状になっていて握ることも可能な様だ。
「もちろんばい。ちゃんと身の丈に合っとるけんね。」
「あはは。フェルミの身の丈より大きいじゃん。」
ルビィが笑って応える。
「ウチが小さいって言いよるん?」
不貞腐れた様にフェルミが言った。
「まあ実際に小さいしな。でも、その剣を振るえるなんてすごいな。こんど手合わせしようぜ。」
「もちろんばい。」
確かにあの僕が持ち上げられなかった剣を使えるのなら、大したもんだと思う。フェルミが自分で言っている通り強いのだろう。だとすると疑問が一つ残る。なぜ、実力のあるフェルミを 誰も自分たちの派遣隊に入れないのだろうか……。仲間にするかどうかを決定するのはもう少し様子を見てからにした方が良いのかもしれないな。
その夜、ゼロと何度か意識交換しながらこっそりフェルミの事を聞いてみた。ゼロ曰く、特にフェルミに悪意はなく純粋に強くなりたいと思っているだけの様だ。だとすると、仲間にしても良いかも知れない。ただ、食費が馬鹿にならないのは確実だった。
そもそも僕は、マグシムネに魔法使いを探しに来たのだ。
ロック:「猫耳族は猫と会話ができるのか?」
フェルミ:「知らん。けどウチはできるみたいばい。師匠としか出来んけど。」
ロック:「他の猫は?」
フェルミ:「眠いとか、腹減ったとかだけばい。それは会話じゃないやろ?」