第41話 マグシムネ侯国への旅3
* * *
――ロック達がマグシムネに着くまで、あと一日を残すだけの夕刻のことである。
僕はゼロを意識を入れ替えていた。そしてゼロの身体の僕は、ルビィに抱えられてる。
ゼロは、意識を交換すべくルビィと目を合わせて意識を集中した。視界が暗転し、直ぐに視界が開けた。ルビィになった自分が黒猫を抱えているのを確認できた。
「思った通りになった。」
ルビィの口から僕の言葉が紡ぎ出された。僕の意識はルビィの身体に入っていた。僕は黒猫をそっと地面に置いてやった。ゼロ《ルビィ》は自分の身体をきょときょとと見回している。
ルビィの身体を通してルビィの装備品の重さを感じた。僕の身体より頑丈なのだろうか、ルビィの身体を通して感じるその重さは想像より軽い。今度、僕の身体でこの武具を持って比較してみようと思ったが、それは後回しだ。
ルビィはロックに向かって聞いた。
「ゼロだよね?」
「あぁ。」
そしてネイの方に向かっていく黒猫ゼロに聞いた。
「おい、ちょっと待てよルビィ。お前、ルビィか?」
「にゃ!」
ゼロは振り返って合図を送ってきた。実験は成功だった。そして僕はネイの方に向いて聞いた。
「念のために聞くけど、ネイだよね?」
「にゃん」
焚火の近くに座っているネイは、ウィンクをしながら右手を自分の顔の横に持ってきて猫の真似をした。
……かわいい。
「じ、実験は思った通りになったよ。」
「よかったわね、ロック。」
「これで、ゼロに稽古をつけてもらえそうだ。ルビィの身体を使ってだけどね。」
ネイが近寄ってきたゼロの首根っこを掴んで持ち上げ、意地悪い笑顔をゼロに向けている。ネイの膝の上に乗るというルビィの願いは叶わなかったらしい。
「後でもいいから、二十メートル以上離れたらどうなるかも確認しておくべきね。三人の位置の組み合わせでどうなるかってことも合わせてね。」
確かに、ちゃんと知っておく必要がありそうだ。
僕はネイの方に近づいた。ネイはゼロをこっちに差し出した。
「ルビィ、ゼロと稽古するだろ?
僕はこの実験だけでいいや。代わろうぜ。」
ルビィはゼロと目を合わせて意識を集中した。視界の暗転後、直ぐに視界が開け、目の前にルビィが居るの確認した。
「ネイ、いいじゃんか!」
元に戻ったルビィがネイに言った。
「あら、戻ったのね。」
ネイはゼロをそっと膝の上で抱えてくれた。頭をくしゃくしゃしてくるネイ。
「あ~!! ロックずるいぞ!
ちぇっ。ロックだもんな。仕方ないか。ゼロ、稽古をつけてくれよ。」
気を取り直したルビィは僕が待つ方に歩いて行った。そして彼らは手合わせを始めた。ネイと僕はしばらくをそれを眺めていた。
「さて、夕飯を作りましょうかね。」
直ぐに彼らの稽古に興味を無くしたネイ。その手がスッと焚火の上のフライパンに伸び、そのフライパンを身の近くに寄せた。その瞬間、ルビィ達の方から何かが飛んできたのが猫の目でとらえることが出来た。
カッ!
フライパンに何かが当たった音が響き、その何かが足元に落ちた。石ころだ。ルビィ達の方をみると、ルビィの剣が僕の剣にいなされて、地面を深くえぐっていた。そこから石は飛んできたのだろう。
「ちょっと、あなたたち!! 私の近くでは止めて頂戴。」
「あ、ごめんな。ネイ!」「すまん。」
謝る二人。
「中身が入ったら、大変なことになってたわ。」
キャスティがネイに貸してくれた魔法装備。ミサイルプロテクトの効果は折り紙付きだった。どうしてフライパンである必要があるのか分からないが。
そうだ!! このなんとも言えない残念なセンスの感覚。フライパン魔法装備を作ったのはキャスティなのでは?
……もしそうだとしたら。
僕は、思い通りの魔法装備が作れるのかキャスティに尋ねてみようと思った。
だが今は、ネイの膝の上でほんわかとすることに決めた。
甘美な時間を過ごしていると、ルビィと僕が稽古を止めて戻って来た。
「近づいてくる様子はないが、付けられてるぞ。」
僕が言った。
「ルビィ、振り返っちゃだめよ。ゼロ、それはいつからなの?」
「昨日、俺とルビィが稽古をしている時からだ。敵意はない様だが、目的が分からん。」
「敵意が無いからと言っても気に入らないわね。明日、確認してみる?」
ネイが僕とゼロとの間で親指と人差し指を数回交差させ『代われ』と合図をしたので、僕に飛びついて意識を交換した。
「どうするのさ。」
僕はネイに聞いた。
「明日、私が朝食を準備している間に、あんたが確認してきてよ。」
「まぁ、いいけど。」
そういう事になった。
* * *
僕の目の前にはぐったりと座り込んでいる小柄の猫耳族が居た。
――ロック達が今日中にマグシムネに到着するであろう日の朝のことである。
僕を正面から見る彼女の両の瞳は、真っ直ぐこっちを見ているの筈なのに少し内側に寄っている様に見えた。その両腕に手首から肘まで覆う金属製の小手を装着し、足元は金属製の底が高いブーツを履いている。そのブーツの高い踵の先は尖っていた。地面に穴を穿ちながら歩くとでも言うのだろうか。防具は軽装だ。腰のベルトには短剣が四本、胸のポケットからは投げナイフの柄が顔をのぞかせていた。よく見ると、腰の四本の短剣の柄の先は輪が付いてた。胸の投げナイフにも同じように柄の先に輪が付いている。
そして彼女の背後にはごつい大剣が寝かせられていた。その長さは彼女の身長と変わらない。さらに、大剣の鍔には石弓が二丁繋がっていた。
でかい、そして重そうだ。
「やぁ、調子が悪そうだね。どうしたんだい?」
「ウチ……。」
話を促すために、僕は笑顔を作ってみた。
「ウチ、動けんっちゃ。その……、お腹が……。」
その言葉を補うかの様に、空腹を訴える彼女のお腹が盛大に音を鳴らした。
「それは大変そうだ。それで? 僕らを付けて来たのは食料が欲しかったからなのか?」
「それは違うんばい。」
「理由を聞かせてもらえるか? そしたら食事を一緒に食べよう。」
「ほんと!?」
「理由にもよるけどね。ところで僕はロック。君は?」
「ウチはフェルミ。剣士しよっと。」
僕は話を続ける様にフェルミを促した。
「ウチ、でたん強くなりたいんけど、マグシムネでは派遣隊に誰もかててくれんっちゃ。やけん、武者修行の旅に出ようとしたん。そしたら、ロックの稽古を見かけて、うらやましくなったっちゃ。そしたらつい……。」
「稽古を見ただけで『つい』付いてくるものか?」
「ロック強そうだし、相手してもらっている子が羨ましいなぁって。ウチ、友達おらんし……。」
フェルミは、昔の僕みたいにいじけて自分の殻にこもってるのかも知れないな。何となく気持ちは分かる。
「そっか。理由はなんとなく分かったよ。とりあえず朝ごはんでも食べようか。」
僕は、弱っているフェルミの代わりに、後ろにある大剣を運ぼうと手を伸ばした。
「ぐっ。」
思わず声が出てしまった。重たすぎて持ち上がらない。
「でたん重いやろ、それ。」
「何だこれ! こんなに重たい剣を持てるのか?」
「ウチ、でたん力持ちなん。」
フェルミはよろよろと立ち上がり、その大剣を担いだ。
「すごいな、持てるんだ。」
「うん――」
そういうとフェルミは大剣もろとも地面に崩れ落ちた。空腹でかなり弱っているらしい。
「とりあえず、その剣を置いて食事をとった方がいいんじゃないか? 盗もうと思っても、誰も持っていけないだろ。」
僕はフェルミに背中を向けてしゃがんだ。
「からってくれるん?」
「どうぞ。」
僕はフェルミをおんぶして、ネイ達が居る方に歩いていった。
ロック:「フェルミは力持ちなのに信じられないぐらい軽いな。」
フェルミ:「そうなんっちゃ。やけん、上手く剣を振らんと体が振り回わされるんばい。」
ロック:「大変だな。」
フェルミ:「両手に剣を持って挟むように攻撃すると体重は関係ないんばい。こんな風に――」
ロック:「あばば、締めづげないでぐで!」