第40話 マグシムネ侯国への旅2 ~ネイ~
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――ネイ達がサルファを発って数日後のことである。
マグシムネ侯国への旅の途中、すれ違う人は日に数える程しかいない。盗賊や妖魔に襲われる可能性がまったく無ければ良い旅だわ。
「ところで、ルビィ? あなたはどんな能力を持ってるの?」
旅に出立する直前、私はキャスティからルビィが能力者だと聞かされたので聞いてみた。
「ああ俺? 俺の能力は『洗濯』さ。」
あっさりと私の質問に答えるルビィ。
「え!? ルビィ、能力者だったのか!?」
ロックがかなり驚いている。
長い付き合いのロックも知らなかったのね。
「あぁ、そうだけど?」
「な、何で隠してたんだよ!」
ショックを隠し切れない様子のロック。
「別に隠してないぜ。お前聞いてこなかっただろ? 大した能力じゃないから、自分から進んで言うもんでも無いしな。」
いつぞやのロックと同じ様なことを言っている。ロックは唖然として返す言葉を失っている。
「『大した能力じゃないから言う必要も無い』って、あんたも言ってたじゃない。」
「そりゃそうだけど……。」
納得がいかない様子のロック。
「その大したことが無い能力って、具体的にはどんなのかしら?」
私はルビィに尋ねた。
「あぁ。着ているものや身体を綺麗にするんだ。だから洗濯能力さ。水や洗剤要らずで便利だぜ?
やっぱり身体も服も綺麗になったら、気分が良くなるよな。」
あら、なかなか便利そうな能力ね。
彼ら冒険者にとっては、戦闘系じゃないから大したことは無いと感じるのかも知れないけれど。いや、冒険者だったら野営続きの場合は役立つじゃない。
「いつ、その能力に気づいたんだ?」
ショックから立ち直った様子のロックがルビィに聞いた。
「ずいぶん昔だな。親父にチェストにぶち込まれて放置されたときだったな。トイレにも行かせて貰えなかったから、そのときさ。」
……残酷ね。
汚物にまみれた状況から抜け出したいという気持ちが能力の覚醒の引き金になったのだ。ルビィの家庭環境は全く好ましくなかったと、ロックが話してくれたことを私は記憶から引き出した。そのときロックは、それにも関わらず不思議なくらい明るく気さくなルビィは異常とさえ考えられると言っていた。
「ごめん。嫌なこと思い出させたな。」
「なんでロックが謝るんだ? 悪いのはお前じゃ無いし。」
ルビィが清々しいのは、いつでも清潔になれるからだろうか? もしかしたらルビィの能力は、もうちょっと奥が深いのかも知れないわね。
「その洗濯能力の効果範囲ってどんなもんなんだ?」
残酷な思い出に触れたことを挽回しようとしているのか、ロックが無難な質問を重ねた。
「洗濯できるのは、俺自身と俺が装着している物さ。なぜか手に持っているのはダメみたいなんだ。」
なるほど、なるほど。
「私のドレスにシミが付いて取れなかったときは、そのドレスをルビィに着させて、その能力を使ってもらうと綺麗に取れるのね?」
「そうだぜ。
そういえば女物は着たことが無いな。今度試してみようぜ?」
ずいぶん乗り気で答えるルビィ。ロックは嫌そうな顔をしている。
「ふふ。いずれお願いするかも知れないわね。ちなみに、鍋やフライパンをバックサックに詰めて、そのバックサックを背負った状態で洗濯能力を使うと、しつこい焦げ付きなんかも取れるのかしら?」
「あぁ。背負った野営用の夜具や食器も綺麗になるぜ。」
なるほど、これは面白いわ!
取扱いにかなり気を遣う骨董品や絵画のクリーニングもできちゃうってことじゃない! 汚れて読みづらくなった本もね! ルビィは良い能力を持っているじゃない。
手に持っていたら対象外で、装着していれば対象となる……、か。
私は記憶を探って、魔法の効果の対象が魔法の使い手の解釈によるケースがあると『パヴァンの書』に書いてあるのを引き出した。効果対象を明確に示すことができない劣化版の魔法使いである能力者の場合は、それがより顕著になるらしい。もしこれが該当するなら、ルビィが『これは装着しているのではない』と思ってしまったら、洗濯の対象から外れてしまうことになってしまうのだ。
せっかくの能力なのに、ルビィの解釈が私の都合の悪い方になってしまわない様にしなければならないわね。
となればルビィの思い込みを、誘導してしまうのが得策だわ。
「あははっ。すごいじゃないルビィ。それって、どんな大きなバックサックでも背負えちゃったら、その中身も対象になっちゃうってことじゃない。」
「そうなのか?」
やはりルビィは対象範囲の事については考えていないらしい。
「それはそうでしょ。手に持たずに装備してたら、短剣であろうと剣であろうとも洗濯対象になるんでしょ? 世の中には、自分の身長を越える程の、馬鹿みたいに大きな大剣もあるらしいわよ。効果対象に大小は関係ないわ。」
「そっか。そうだな。」
よし。ロックより単純で助かるわ。
私は良い能力者を手に入れられてホクホクしていた。そしてロックは、私の方をジト目で見ていた。
なんだか最近、勘が鋭くなってるみたいだわね。私が妙案を編み出している時が分かるとでも言うのかしら?
「ところでさ、ネイとルビィ、話は変わるんだけど……。」
ロックが私たちに言った。
「なあに?」「なんだ?」
「今晩さ、ルビィとゼロの訓練中に確認してみたいことがあるんだ。」
「あら。それならどうして私に話を振ったの?」
「僕の能力に対する考えを聞いてほしくてね。」
「いいわよ。続けて。」
私は頷いてロックに話の先を促した。
「猫の僕が自分の身体に戻る場合は、僕の身体と目を合わせる必要があるんだ。
でもそれって、僕が猫になるときと同じ手順なんだよ。」
「なるほどね。それから?」
「ということは、猫の僕がさらに別の人間と目を合わせて意識交換をしたら、その別の人間の意識が猫に移って、僕の意識はその別の人間に移るんじゃないかと思ったんだ。
なぜそう思ったかと言うと、元に戻るならば、猫になるときと同じ様に目を合わせる必要は無く、ただ単に元に戻る意識をすれば良いんじゃないかと思うんだ。
だから、僕の能力は『人間の時に猫になる』と『元に戻る』じゃなく、『人間の時に猫になる』と『猫の時に人間になる』じゃないかと思ったのさ。ネイはどう思う?」
ふむふむ。ちゃんと考えてるじゃない。筋は通ってるし、後は実験するだけね。
「確かにそうね。あんた、ちゃんと考えてるじゃない。ご褒美をあげたくなっちゃうわ。論より証拠、今晩試してみましょ。
ルビィ、上手くいったら、あなたも猫の鋭い感覚を味わえるかもしれないわよ。」
「まじか! 楽しみだぜ!! 猫になったらネイの膝に乗れるんだよな!?」
ルビィのその言葉にロックが嫌な顔をしていた。
ロック:「本に書いた落書きは消えるのか?」
ルビィ:「消えるぜ。」
ロック:「汚れた手紙を洗濯すると、読める様になるのか?」
ルビィ:「だろうな。」
ロック:「じゃあ、落書きと手紙の文字の違いって何だ?」
ネイ:「止めてロック。洗脳は私がするから!」




