第39話 マグシムネ侯国への旅1
* * *
――ロックとネイ、ルビィとゼロがマグシムネ侯国に出発してすぐのことである。
「ルビィ、漆黒のカナテって知ってるか?」
マグシムネ侯国に向かう街道の途中だった。ネイはナンディが引く四輪荷車に乗っている。ゼロはその膝の上だ。僕とルビィはナンディを挟んで歩いていた。
「知ってるぜ。めちゃくちゃ強いんだってな。」
ルビィがナンディをさすりながら答えた。
流石に知ってるか、有名だったもんな。
「カナテは僕の剣術の、いや体力作りの師匠なんだ。」
ゼロから剣術は直接教わってはいないが、体力づくりは手伝ってもらっているから、これが正しい。
「まじで!? どこで知り合ったんだよ。って言うか、俺は今まで会ったことないぜ? どういう事なんだ?」
「う~ん。今も近くに居るんだけどな。」
ルビィは辺りをキョロキョロ見渡す。
「え? どこにもそれらしい人は居ないぜ?」
「うん。今はネイの膝の上に心地よさそうにしてるんだけどな。」
「え? ゼロじゃん。」
そう、僕もそれを言ったことがある。
「実は、ゼロが漆黒のカナテなんだ。」
「訳が分からないぜ。どういう事だ?」
「う~ん。シンプルに言うと、ネイがカナテを猫にして飼ってるってこと。」
「へ~! すごいな!! ネイ。」
ネイに振り返ってルビィが言った。ネイはそれに対して少し引きつった笑顔で答える。そして僕を睨んできた。
ルビィはネイがカナテを猫にしたってところを、全然疑わないんだな。
「もう一つ、ルビィに知っておいて欲しいことがあるんだ。」
「ん? 何だ?」
「僕の能力は、実は『猫と意識を交換する』能力なんだ。」
「ふ~ん。猫と交信できるんじゃなかったんだ。でも、そんなに変わらないな。」
「まあね。もう少し聞いてくれよ。
猫と意識を交換したとき、僕は猫の身体を操作することができるんだけど、僕の身体は猫が操作することになる。そしてこの時、その辺の見ず知らずの猫だったら混乱して、僕の身体がどんな風に操作されるか読めない。」
「それで?」
「そして、中身がカナテの黒猫ゼロと意識を交換したとき、僕の身体をゼロ、つまりカテナが操作し、黒猫の身体を僕が操作することができる。」
「え!? ゼロ、いやカナテがロックの身体を使って剣技を振るうことができるってことか!?」
変なところで鋭いルビィが言った。
「ああ。」
「よっしゃ! 俺、稽古してもらお!」
そう来たか!
それは予想外の反応だった。
「あのさ、ルビィ。」
「ん?」
「盗賊団の襲撃の時、盗賊を皆殺しにしたのは僕じゃなく、カナテなんだ。」
「へ~。それで?」
「つまり、僕はあんなに強く無いってことなんだ。」
「だからどうした? お前の能力で強くなれてるんだろ? つまりお前の力でもあるって事じゃないか。なんでそれが強くないってことなんだ?」
不思議だと思っている様子で聞いてくるルビィ。
「いや、僕一人の力じゃないと言うか……。」
「そんなことグチグチ考えても仕方ないだろ? 強くなれるってことは強いってことさ。もし俺がシィにケツを蹴飛ばされた時だけめちゃくちゃ強くなれるんだったら、俺は強いってことだぜ? シィが居なければ強くなれないけど強いんだ。違うか?
そんなことより、カナテが俺に稽古をつけてくれるってのはどうなんだよ? 朝練のメニューに追加な。追加。あ、そうだ、今晩ちょっとだけカナテと手合わせさせてくれよ。いいだろ?」
ルビィは目を輝かせながら聞いてきた。
「あ、ああ。」
ルビィが言ってることも、ネイの言ったことと同じようなことだろうか。ルビィは何でも利用して強くなれるんだったら、それは強いってことだと言っている。ネイは仲間を信頼して任せるのが良いリーダーと言った。それは、自分一人で何とかしようとするのではなく、自分以外の何でも良いから頼ったり活用したりするのも肯定的に捉えよと言うことだ。
ネイの方を見ると、わずかに微笑み、僕に頷いて見せた。ルビィとのやり取りの間、口を挟まなかったと言うことは、ルビィの発言は修正する必要が無かったという事なのだろう。
ふむ。
与えられた幸運は遠慮せずに存分に使ってみるか。
そして、その幸運を分けてくれた相手に信頼される様に振る舞わなきゃな。
* * *
夕日の中、ネイはその日の夕食を準備してくれている。今日は、燻製肉と根菜のチーズ焼きとのことだ。キャスティからもらったフライパンを使っている。そして、焚火から少し離れたところで、僕とルビィが手合わせをしている。
ゼロは調理しているネイの膝の上でそれを見ていた。時折ネイが顎の下を掻いてくれているので心地よい。
「ちょ、ちょっと待ってくれゼロ。今の俺の攻撃は、なんで避けられたんだ? 剣で受け止めるかと思ったのに。」
ルビィは手合わせの最中に、よく疑問点を僕に投げかけている。
「あぁ、お前の軸足が変わるのが分かったからな。俺は踏み込んだ足に全体重を載せずに、逆の足の方に移動する用意をしておいたのだ。だが俺のスタイルは軽装用だ。重装備のお前は真似しなくていいぞ。ただし相手の動きを読む参考にしておくといい。」
言葉を交わしながらゼロに稽古をつけてもらえるとは、ルビィは羨ましいもんだ。
ゼロが喋られる人間の状態になるためには、僕は猫になっていなければならない。今のゼロがルビィと意識を交換できるなら、僕に稽古をつけてもらえるのに……。
ん? ちょっと待てよ。
僕が猫になっているとき、元に戻る時も目を合わせる必要がある。これは僕が猫になるときと同じ手順だ。これって、僕は元に戻ろうとしているのではなく、猫の僕が人間と意識を交換しているのでは無いのか?
つまり、その人間は元の僕の身体である必要は無いのではないか?
「にゃっにゃにゃ」
あ、今は喋れないんだ。仕方ない、明日試してみよう。
「夕飯できたわよ。二人とも。」
さて、人間に戻って食事でもするか。そういえば、ゼロはいつも猫の姿で食事をしているよな。たまには人間の舌で食事を味わうってことをさせてあげないといけないな。うん。それも忘れない様にしておこう。




