第38話 マグシムネ侯国への旅行プラン
* * *
――大人になったキャスティがロックの部屋を訪れた翌日のことである。
「あんた、何悩んでるのよ?」
ネイが僕に言った。昼下がりの午後、僕とネイはネイの書斎で何をするでもなく時間を過ごしている。ネイの書斎はメインロビーを挟んでダイニングルームの反対側にあるのだ。
ネイは本を読んでいたのだが、それを止めて僕に聞いてきたのだ。
「何って……。」
「出会った頃と同じ様に目が死んでるわよ。あんた。」
「出会った頃って、目が死んでたって言うのかい?」
「ええ、こんな風にどよ~んってしてたわよ。」
ネイは両手で自分の両眼の真横を横に引っ張って、変な顔を僕に見せた。
「ははははは……、ひどいな。そんな風だったんだ。」
「聞いたわよ、ジェイスのこと。それをまだ悔やんでるの?」
少し心配そうな顔をしているネイ。
「いや、それはもう大丈夫なんだ。そうではなくて、冒険団の団長をするかしないかで、ちょっとね。」
それを聞いて心配そうな様子がネイから消えた。
「あんた、もちろんするんでしょ? それが近道じゃないの? 沢山の人から認められるって言う、あなたの大望の。」
「う~ん、それは確かにそうなんだけどね。」
「じゃぁ、なにウジウジしてんのよ?」
「僕はもっと強くならないといけないんだ。そうしないと団員を守れないし。」
急に呆れた表情を浮かべるネイ。そしてさらに睨んできた。
「あんた、何バカ言ってんのよ。あんた一人で団員全員を守ろうって言うの? そんなの無理に決まってるじゃない。それじゃぁ何、アルは、サルファ侯爵は、一人で国民全員を守ってるの?
……違うでしょ? ね?」
最後の方は、僕を優しく諭す様に言うネイ。
「うん。」
「一人で何でも背負い込むんじゃないの。良いリーダーってのは、メンバーのとんがった個性を上手く使うことができる人のことを言うのよ。そして、メンバーにただ頼るんじゃなく、メンバーを信頼して任せるの。分かった?」
「……あぁ。分かった。」
そういえばジェイスは、フォトラに作戦を練るのを丸投げしてたな。あれは丸投げじゃなく任せてたっていう事か。ネイは顎の下に人差し指を当て、しばらく何か考えている。
「そういえば、魔法使いが団員に欲しいとかなんとか言ってたわね。」
「うん。」
「魔法使いには変わったやつらが多いのに、本当に欲しいの?」
「あぁ。」
「ふ~ん。
じゃあ、少し気分転換に旅でもしない? マグシムネ侯国まで。私もまとまったお金が入ったし、掘り出し物でも探しに行こうかと思ってたのよ。ついでに、魔法使いを勧誘できるかもしれないわよ。あそこは魔法学園もあるから、ダメ人間もたくさん居るんじゃない?」
ネイにとって、魔法使いはダメ人間なのだ。
「そうだね。そうしようか。」
ネイと二人っきりの旅行になるのだろうか。それはそれで悪くはない。しばらく考える時間も欲しいし。
そう思って僕は提案に応じたのであった。
* * *
夕食時。僕とネイとキャスティとシィとルビィがテーブルを囲んでいた。ゼロももちろんテーブルの上で食事をしている。
「明日からマグシムネ侯国までロックと買い物に行ってくるわ。キャスティはどうする?」
前置きも無く、突然そう切り出したネイ。
あぁ。二人っきりの旅行じゃ無いんだな。
「絶対、行けない。」
『行かない』じゃなく、『行けない』と答えるキャスティ。
「出禁ね? まったく、何をやらかしたんだか。」
いきなり断定するネイに対して、否定をしないキャスティ。ただ不敵な笑みを浮かべているだけだ。
つまり本当に何かをやらかしたというのか?
「じゃぁ、シィもお留守番お願いね。キャスティ一人だと心配だわ。」
「えぇ。もちろんですぅ。」
自称、家妖精のシィが即答した。
「一人でも大丈夫。」
ムッと不貞腐れるキャスティ。ネイが言いたかったのは、キャスティが何かをやらかすことが心配なのかも知れない。僕はそれをあえてキャスティに言うのを控えておいた。
同行者候補が落選していく中、僕はルビィに聞いてみた。
「ルビィはどうするんだ?」
「俺? 俺はロックと一心同体だぜ?」
「気持ち悪いこと言うなよ。つまり、一緒に来るってことだな? シィを残して。」
ちょっと意地悪く言ってみた。シィは少し不満そうにも見える。
「あぁ、付いていくぜ?」
ふむ。やはり付いてくるのか。ゼロも付いてくるだろうし、ネイと二人っきりの旅行を望んでも仕方ないと諦めることにした。
まだ夕食の途中にも拘わらず、突然キャスティがパタパタとダイニングを出て行った。
「ロック、ナンディを連れて行かない? 四輪荷車を引かせてね。そしたら野営の荷物も運んでもらえるし、そうしましょう。あ、私が御者をするから、ロックとルビィは徒歩ね。」
まぁ、ネイが御者として荷車に乗ることは必然だろう。
「え? マジで!? ナンディと一緒?」
思わぬところで喜んでいるルビィ。本気でナンディが可愛いと思っているのだろうか。
「道中、ナンディの世話は俺がするぜ? いいだろ?」
うきうきとしながらこっちを向いてルビィが言った。
「あ、ああ。任せるよ。」
暫くして、キャスティがダイニングに戻ってきた。手には使い古されたフライパンを持っている。キャスティはネイに近づき、それを渡した。
「掘り出し物。貸してあげる。」
「あら、ありがとう……。
で、これは?」
「魔法装備。」
さらりと言ってのけるキャスティ。ルビィとシィが驚いている。魔法装備なんて、滅多に間近で見れるもんではないから仕方がない。しかしフライパンが魔法装備とはね。
「効果と発動条件は何かしら?」
「ミサイルプロテクト。熱すること。対象は所有者。」
「あら、変わってて面白いわね。」
面白そうにそのフライパンを表から、そして裏から眺めるネイ。
「このフライパンを熱した人を、飛び道具から防御してくれるって訳ね。ずっと持ってなくてもいいのかしら?」
「必要なら、所有者も動かされる。」
「つまり、野営の時にこれで料理をして、朝まで焚火にくべっぱなしにしておけば、飛び道具による不意打ちは防げるって訳ね。」
「うん。今から所有者はネイ。」
理解してくれて嬉しい、といった感じで頷くキャスティ。
言葉が少ないキャスティの意を良く汲み取るネイとは相性が良い。所有者も魔法で動かされるとはいっても、フライパンから離れすぎててたら対応が遅れるのかも知れないし、過信しない方が良いな。しかも熱しないとダメなのは使いづらい。
あ、そうか!
魔法装備をネイに貸してくれたのは、僕が以前キャスティに言った、皆を守りたいという願いを叶えてくれているんだ。僕を強くするのではなく、僕が守りたい対象を強くする方法で。
「僕からもお礼を言うよ。キャスティ。」
キャスティはニヤリと笑って、親指を立てた。
やはり僕の考えは正しかった様だ。
シィ:「ロックぅ、ルビィをお願いするわねぇ。」
ルビィ:「え? 俺はいつでもガンガン行けるし、大丈夫だぜ? 安心してろよ。」
ロック:「そう言うところだよな。」
シィ:「えぇ。だからお願いねぇ。」