第37話 キャスティとの取り引き
* * *
――ジェイスの葬式が終わって数日後のことである。
「キャスティ、相談があるんだ。」
今は夕刻。ネイは夕食を作りにキッチンに、シィはルビィを連れて庭の手入れに行っている。僕とキャスティだけがダイニングルームに居た。ゼロもテーブルの上で丸くなっていたが。
「なに?」
読んでいた本を閉じ、僕の話を聞いてくれるキャスティ。
「君は魔法使いだろ? それも編纂魔法使い。」
「うん。」
グローリアちゃんがキャスティの襟元から顔を出し、触角をひょこひょこと動かしている。
「僕はもっと強くなりたいんだ。皆を守るために。」
キャスティはきょとんとしている。
「剣術や体力は訓練で向上できると思うんだ。限界はあるかも知れないけど。でも、それ以上を望むなら魔法の力が必要だと思うんだよ。具体的にどんな魔法かは僕には分からない。だけど、もう僕の仲間が死ぬのを見たくないんだ。」
「う~ん。」
キャスティは腕組みをして、一生懸命考えているようだ。グローリアちゃんがキャスティの両肩を行ったり来たりしている。僕の話がキャスティに通じたかどうかは定かではない。
「キャスティ? 僕の言ってる意味、分かるかな?」
キャスティはちょっとムッとした。
「分かる。」
そして、また腕組みをして目を瞑り一生懸命考え始めた。
十分くらい経っただろうか、キャスティが熟考を解いてこう言った。
「今晩、ロックの部屋に行く。待ってて。」
「うん? 部屋で待ってればいいんだな?」
「ネイはロックの部屋に居ない?」
ちょっと心配そうに首をかしげるキャスティ。
「あ、当たり前だろ!」
* * *
その晩はゼロとの意識交換による深夜訓練はお休みにした。そう言えば、そろそろルビィにもゼロの正体のこと説明しておいた方が良いな。そんなことを真夜中に考えていると、僕の部屋の扉がノックされた。キャスティだろう。
僕は、扉に近寄りキャスティを部屋に入れるべく扉を開けた。
そこには見慣れない女性が立っていた。三白眼気味で眼力が強く、クールでミステリアスな雰囲気を醸し出している。キャスティと同じ色の長い髪の毛が静かに揺れていた。
「あ、あの? どなた?」
その人はするっと僕の部屋に入り込み、扉を閉めた。
「あら、ロック。私よ私、キャスティよ? 分からなかったかしら?」
「ええ!? あの小さなキャスティ?」
背もネイと同じくらいだし、胸も膨らんでいる。口調もすごく流暢になっている。そして何が可笑しいのか分からないが常に笑みを浮かべている。そしてその眼力は半端ではない。小さいキャスティのあの眼力が、さらに増している。
「あの姿だと話しづらいし、思考も遅くなっちゃうのよね~。でも身を隠すには、普段からあの姿になっている方が良いのよ。それで今晩は、あなたのために本来の姿に戻った、っていう訳。」
そう言ってキャスティは、いきなり僕に近寄り両手で僕の頬を包み、そして顔を近づけてきた。
「あなた、しっかりネイに協力してあげてね。」
「そ、それは言われなくてもそうするさ。」
大人のキャスティは僕から離れて満足げな顔をした。
「いいわ。さて、最初に約束して欲しいのよ。今晩のことは皆には内緒よ。いい? もちろんネイにも。」
「あぁ、分かった。」
振り返るとゼロは眠っている様だった。
「あと、ゼロは寝てるみたいだから大丈夫だな。」
「でしょうね。」
「え?」
キャスティは不器用にウィンクをして話を続ける。
「あなた、強くなりたいんですって? 私がそれに協力するために、あなたは何を私に差し出す用意があるのかしら? ん?」
ちょと斜めに首を傾げる大人のキャスティ。
その目で見つめられると、僕は何もかも見透かされているのではないかと感じた。
「正直に言って、何が差し出せるか分からないんだ。何も持ってないし。」
「ふ~ん。そう。」
「やっぱり、キャスティに頼むことは出来ないのかな?」
「そうね~。じゃあ、私と恋人同士にならない? ネイには内緒で。バレない様に、ね!? ふふ、必要な時にはちゃんと、今の姿に変わってあげるし。そうしたら何でも言うことを聞いてあげるわよ? どう?」
大人のキャスティが僕の方に身体を押し付けてきた。
本当にキャスティなのか? 嬉しい提案のはずなんだけど、その提案に乗ろうとは思えなかった。
ネイが居るし、ネイだけでも手に余るし……。
「う~ん。それは無理だ。残念だけど、だったら僕は別の強くなる方法を探すよ。」
「あらまぁ、残念。」
表情を変えずにキャスティは言った。
あまり残念でもなさそうだ。
「じゃぁ、ロック。私の野望のお手伝いをしてもらえるかしら?」
「野望? 代償として出来ることならやるつもりは有るけど、何を手伝ったらいいんだい?」
「私にはね、宿敵みたいなヤツが居るの。そいつを何とかしたいのよ。あいつは私のアイデンティティを奪って、好き放題やってるのよね。私はそれを指を咥えて見てることしかできないの。
ん、もう。腹が立つったらありゃしないわ。だからそのアイデンティティを取り戻したいのよ。そのためは、前の戦いで失ったものを回収したいのよね~。」
キャスティが『あいつ』と言うとき、絶えなかった笑みが一瞬消えた。しかし今は、その笑みが戻ってきている。
「訳アリなんだね。僕にできることなら、何だってするさ。で、何をしたらいいんだい?」
「実は今のところ何もないのよ。」
「……。」
「ふふ。差し当たっては、ネイのやりたいことを手伝ってあげてくれたら良いわ。それが私の野望を叶える近道だと思うの。」
「そんなので良いのか?」
「今の所はね。で、私に何をしてほしいの?」
また、キャスティが僕の近くに身を寄せてきた。
僕をからかって楽しんでるのか? 僕はそっとキャスティの両肩に手を置いてそっと離した。
「何か僕が強くなれる方法を教えてほしいんだ。あるいは強くなれる武器とか持っていないかな?」
「ふ~ん。自分が強くなりたいんだ。」
「うん、そうなんだよ。」
「無理ね。」
「え!?」
「うふふ。そんな顔しなくてもいいじゃない。少し無理だってことよ。と言うのも、ロックを超人にしてしまうと、あいつに気取られてマズいことになるのよ。うん。
あなたの目的は皆を守ることでしょ? ね? その方法として、あなた一人を強くするのではなく、あなたが守る対象を強くするってのはどうかしら。それでもいい?」
「え、あぁ、もちろんさ。」
「時間は掛かるかも知れないけど、色々準備してあげるわ。んふふ。まぁ、楽しみに待ってて頂戴。」
そう言って、キャスティは不器用にウィンクをした。
上手くできないなら無理にウィンクをしなくても良いのに……。
そして右手の小指を立て僕の方に差し出して、
「や・く・そ・く。」
と言った。僕はキャスティに応じて右手の差し出し、キャスティと小指を固く絡ませた。
「あれ? グローリアちゃんは出さないの?」
「あなたにそんなのことしても、面白くないでしょ?」
いたずらっぽい笑顔をしてキャスティが答えた。
「私は一宿一飯の恩義は忘れないの。そして、これからもお世話になるし、さらに長い付き合いになると思うわ。本当に長い長い付き合いよ。よろしくね。」
本当に長い長い付き合い?
「こちらこそ、よろしく。」
「あ、それから、ロックはちゃんとあの魔法装備を使いこなしている? とりあえずその機能を言ってみてよ。」
キャスティはベッドの横の机に置いていたブラッドサッカーを指さして言った。
僕は『装填』を言わない様に気を付けながら話した。
「ブラッドサッカーって言うんだ。
僕がブラッドサッカーを持ってキーワードを発したら、僕の血を吸ってエネルギーが溜まり、その後に僕がキーワード『放て』か『穿て』を発したら、それぞれの効果の射撃ができる。だろ?」
「ん~。ちょっと待っててね。」
キャスティはベッドの横に行き、ブラッドサッカーを手に取ってそれを見つめた。ゼロは相変わらず寝ていた。
キャスティの目の瞳孔が開き瞳の奥が深紅に染まる。暫くすると元の瞳に戻った。
魔法を発動していたのか?
「う~ん。ちょっと違うわね。正確には、契約者が期待し口にしたタイミングで持ち手の血を吸ってエネルギーを充填し、充填した状態であれば契約者が期待し口にした任意のタイミングでキーワードに応じた様々な効果を発する、よ。『放て』『穿て』の他に『来たれ』と発すると得られる効果もあるみたいね。
まぁ、今は分からなくてもいずれ役立つときもあるわ。それにへんなヤツもついているみたいだし。とりあえず、今説明した『装填』『放て』『穿て』『来たれ』の機能をよ~く咀嚼して試してみると良いわ。」
「教えてくれるのはありがたいんだけど、直接的じゃないんだな。」
「すべて教えたらつまらないでしょ? あなたには試行錯誤できる様になって欲しいしね。じゃ、今日はここまでにしとくわね。」
そうして、キャスティは僕の部屋を出て行こうとした。
「キャスティ、ありがとう。」
「どういたしまして。おやすみ、ロック。」
そういってキャスティは投げキッスをして、部屋を出て行った。
いつも本来の姿で過ごせないなんて不便なんだろうな。『あいつ』のことを語ってくれるかどうか分からないけど、いつか詳しい事情を聴いてみよう。