第35話 仇討ち
* * *
そいつらは五人居た。ジェイスの亡骸の近くに集まって。周囲の警戒もしていない様だ。
「ボス! ヤバいですぜ。かなりの手練れが居ます。」
ボスと呼ばれた男が、皮鎧で身を固めた大柄の男が、僕らに同行した冒険者の一人であるニオンの胸倉を掴んだ。
「どうなってんだ!! 一番強いヤツはこいつじゃなかったのか!」
ジェイスの亡骸を無慈悲に蹴飛ばすそいつ。
僕はブラッドサッカーをそいつに向け、ゆっくりと歩み寄った。
それに気づいたそいつらの一人がこちらを指さす。
「ぼ、ボス!!」
奴らは一斉にこっちに振り向いた。
「穿て。」
ブラッドサッカーからの反動を感じた。ボスと呼ばれてたヤツの胸に小さな穴が開いた。その穴はヤツの後ろの馬車にも繋がっていた。不思議なものがそこにあるかの様に、そいつは自分の胸に空いた穴を見て、そして倒れた。
「装填。」
残り四人はボスが倒れるのを見て驚き、そしてこちらに向いた。あるものは剣に手をかけ、あるものは今すぐ逃げようとしている。
馬鹿が、一カ所に固まりやがって。
「放て。」
そいつらは皆、馬車の方に向かって吹き飛んだ。そして誰も動かなかった。
少し眩暈を感じながら、ジェイスのもとに歩み寄った。
僕はジェイスの目に刺さった矢を抜いた。貫通力を重視した矢じりは細く、返しが無かった。そして僕はジェイスの大きく見開いた目を閉じてやった。
「ジェイス……。」
「ううぅ。」
先ほど吹き飛ばした一人に、まだ息がある様だった。
僕はそいつ、ニオンに歩み寄った。殺したいのは山々だったが、ポーチから取り出したロープでニオンの両手を後ろ手に縛り、馬車の車輪に括り付けた。念のため他の奴らの脈を取ったが無かった。
眩暈がひどい。ブラッドサッカーの『装填』の影響だ。
馬車の車輪に寄りかかり、少し休むことにした。
……少しだけ。
* * *
「ロック! ロック!!」
頬を叩かれて目を覚ました。寝てしまってたのか気を失ってたのか。どのくらい経ったのだろう? もう日が昇っていた。
「よかった! 無事なのね!」
目の前には少し涙目のフォトラが居た。傍らにはゼロも居る。もの言わぬジェイスも僕のそばに横たわっている。
「みんなは?」
フォトラがここにいるということは無事に避難できたのだろうが、僕はフォトラに聞いてみた。
「ルビィとコポルが皆を近くの駐屯地まで誘導してるわ。なんとかして警備隊に連絡する手筈よ。私は、追手が来なくなったから様子を見に戻ってきたの。警戒しながらだったから、遅くなってしまったわ、ごめんなさい。」
「いや、フォトラは正しいよ。気にしなくていい。皆の被害は?」
「同行してた御者が二人、包囲を突破するときに殺されたわ。あと、コポルが左腕に重傷を負ってる。治癒の魔法羊皮紙で応急手当はしてるけど。」
フォトラの左腕にも血痕があった。
「君の左腕は?」
「包囲を突破しているときに射られたのよ。治療済みよ。」
「そうか。」
「ねえ、ロック。私がこちらに向かっている道中、あいつらの死体がゴロゴロ転がってたわ。これ全部あなたがやったの?」
「……僕ってことになるかな。」
そのとき、大地に響く襲歩の音と共に騎馬隊が近寄ってきた。
「警備隊が来たようね。」
フォトラは振り返り言った。
総勢十騎の警備隊が到着し、それぞれ下馬した。僕の憧れの警備隊だ。隊長らしき人が抜刀しこちらに向かってきた。
「盗賊に襲われたと連絡を受けている。確認のため尋ねるが、貴殿らの名前は?」
「フォトラです。」「ロックです。」
「よし、被害者の連れだな。私は北方守備隊のカスル少尉だ。それで、他の被害者は? 我々は盗賊と被害者の区別がつかんからな。」
カスル少尉は警戒を解き、納刀しながら言った。
「被害者の一人は、このジェイスです。そして、あちらの方に御者が二人殺されてます。残りは盗賊です。」
フォトラが的確に説明した。カスル少尉はそれを聞いて驚いた。
「なんと! 貴殿らがこれほどの数の盗賊を討伐したというのか!
注目!! 勇敢たる冒険者と、惜しむらくも志途中で息絶えた冒険者に、敬礼!」
警備隊の面々が一斉に敬礼をしてきた。
どうしていいか分からなかった僕は、カスル少尉にお辞儀をした。
「よし! 盗賊の死体をここに集めよ! 御者のご遺体も運んで差し上げろ!」
部下に命令を下すカスル少尉。誠意にもあふれ、見事に訓練されている憧れの警備隊。
「今回の件に関して、何か気づいた点はあったかね?」
「こいつらの仲間が、冒険者になりすまして隊商に紛れ込んでたんです。防衛側のはずの戦力が、盗賊側の戦力に変わるわけですから……。」
僕はカスル少尉に盗賊団の手口を伝えた。
「なるほどな……。
最近、隊商を皆殺しにする盗賊団が出没しておったのだ。抵抗した様子がない隊商であってもだ。理由は手口が広まらない様にするためだったと言うことか。広範囲に神出鬼没だったため足取りを掴めなかったのだが、こいつらがその盗賊団やもしれんな。ところで、そこの者は盗賊団の生き残りだな?」
車輪に縛られているニオンを見てカスル少尉が言った。
「ええ。」
「ふむ。大した手柄だ。準備ができ次第出発するが、それまでは二人とも休んでいてくれたまえ。治療は必要かね?」
「いえ、大丈夫です。」
「そうか。」
カスル少尉は踵を返して作業中の隊員の方に行った。
「ごめんなさい。ロック。」
フォトラが突然謝った。
「何がだい?」
「実は私、商人達を逃がすために、あなた達を一人ずつ囮として犠牲にしながら逃げようと画策してたのよ。あなたとルビィとコポルの三人の誰かを順に囮にしてね。
そしてその三人が残り一人になったら、私が囮になるつもりで。」
僕はフォトラが「考えろ」と言っていたことを思い出した。フォトラもちゃんと考えていたのだ。
「すごいな。そこまで考えてたんだ。」
「クエストを請けた冒険者としての矜持よ。」
「最初に言って貰えれば良かったんだけどな。」
「それを聞いて犠牲になれる人はなかなか居ないわ。それに、あなたは進んで最初の囮、殿になってくれると言ってくれたのよ。」
「確かにそうだ。」
「ロック、怒らないの?」
「あぁ、上手くいったしな。ところで僕は皆の役に立てたかな?」
「もちろんよ。」
フォトラが突然僕に抱き着いて来た。
「……それは良かった。」
フォトラが安堵している様子がフォトラの皮鎧越しに分かった気がした。
今回はゼロのお陰で切り抜けることが出来た。ゼロが居なかったら全滅していただろうか? その場合でもフォトラの作戦で、犠牲を出しながらも逃げることが出来たのかも知れない。戦闘力の高さだけじゃなく、フォトラの様に頭を使って皆を救うというのも誰かの役に立つことになるんだろう。
いずれにせよ今回、僕自身の力では役に立てなかったってことだ……。それが悔しい。
「嘘みたいに、あっけなく死んじゃったわね。ジェイス。」
フォトラが僕からゆっくり離れながらぽつりと言った。
「本当に嘘みたいだ。」




