第32話 護衛任務1
* * *
――ロクシーがアイーアに旅立って数日後のことである。
「お前ら。明日はいつもとは違うクエストだ。」
ジェイスがこう切り出した。今日ジェイス団が集合した理由はクエストへの出発の為ではなく、明日出発するクエストのミーティングの為だ。クエスト斡旋所ハロルドワークのロビーにジェイス団一同が集合している。
「フォトラ、説明してくれ。」
ジェイスに促されて、いつもの様にフォトラが説明を始めた。
「明日のクエストを説明するわね。
今回のクエストは荷馬車五台の隊商の護衛よ。他の街の冒険団が護衛の頭数を増やすためにハロルドワークに依頼したらしいわ。目的地はマグシムネ侯国で、旅程は七泊八日。駅つまり警備隊駐屯地で二泊、それ以外は五泊の野宿よ。向こうの冒険団は六人で、こちらが五人の冒険団だから総勢十一人の派遣隊として護衛するの。そして私たちが護るべき隊商は、それぞれに荷馬車の御者が五人とそれらのオーナーである商人が二人とのことよ。依頼内容はそんな感じ。
そして、私たちの旅の準備に関してだけれども、往路の食料の提供は隊商がしてくれるので用意しなくても良いわ。私たちが持っていく夜具は往路は馬車に積み込めるけど、復路は自分たちで運ぶことになるわ。帰り道の話になったから、ついでに補足しておくわね。帰りの食料はマグシムネ侯国で調達するわ。もちろんこれらは自分たちで運ぶことになるの。もし帰りに道連れできる隊商が居れば積んでもらえるかも知れないけど、これはもう運任せね。」
とその時、エリトがフォトラに近づいてきた。
「よぅ、フォトラ。いい加減、ジェイス団なんか辞めてしまえよ。うちも欠員が出ちゃってさぁ。」
背後から抱き着こうとするエリトを、すっとしゃがんで回避するフォトラ。
良い反応だ。うん。
「前にも言ったでしょ。お断りです。」
「んだぁ? エリトてめぇ、うちの団員に何ちょっかい出してんだぁ!?」
腕組みをしていたジェイズがエリトに歩み寄った。
「おっとジェイス、そこに居たんだ。てっきり彫刻かと思ったよ。動きが遅いからな君は。」
「んだと? やるのか? あぁ!?」
ジェイスが前かがみになった体勢でエリトに近づき、相手の胸元から睨み上げる。ガキ大将だった時と同じ威嚇ポーズだ。
「おっと、闘技場以外での冒険者同士の争いはご法度だぜ。」
エリトはジェイスの威嚇に動じておらず、飄々としている。
そう、冒険者同士の闘技場以外での戦いは、それが明るみに出ると登録しているクエスト斡旋所の冒険者の立場をはく奪される。さらにその情報は、各国各所のクエスト斡旋所に共有され徹底されるのだ。
急に声のトーンを落とし、鬼気迫る物腰でエリトはジェイスに言う。
「何なら正式に闘技場対戦するかい? そうだなフォトラを賭けよう! 僕は個人七位だけど、君は何位だったっけ?」
ハロルドワークの場合は、正式な個人試合を申し込む手もある。これは冒険者同士のランキングの為の物ではあるが、暴力での問題解決手段としては有用だ。
「やめなさい。あなた達!」
フォトラが割って入った。
「エリト、いい加減にして頂戴!」
フォトラが怒気を込めて言った。
「おっと、そんなに怒ったら、せっかくの美人が台無しになってしまうじゃないか。分かったよ、僕は失礼するよ。ジェイス、僕の大事なフォトラを死なせるんじゃないぞ。いずれはレッドブーツに入るんだからな。」
エリトは片手を振りつつ、颯爽と去っていった。
「くそがっ!」
ジェイスが悪態をついた。
「なんだか幸先悪いわね。えっと、話を戻すけど、説明は以上よ。ジェイス、何か言っておきたいことは無い?」
「エリト死んじまえ。」
ジェイスの悪態が続く。コポルが腕組みをして深く何度もうなずいている。
「そう言えば、レッドブーツの団員の一人がクエストの最中に殉職したらしいぜ。さっきもエリトが欠員が出たって言ってたろ?」
ルビィが言った。
「エリトだったら良かったのにな。」
ジェイスの発言に、コポルはまたまた何度もうなずいている。
「そんな物騒なこと言うもんじゃないわ。さて、ロック。何か質問はある?」
「妖魔の討伐クエストとの違いで気を付けることって何かある?」
僕はフォトラに聞いてみた。
「う~ん。そうね、隊商を襲撃するのは妖魔だけではなく危険な動物や盗賊の可能性もあるってことね。盗賊の場合は人間だから、妖魔より知恵が回る分だけ厄介だわ。あと、いつ襲われるか分からない点が厄介ね。常に警戒すると気力が持たないし。この辺りでは隊商は普通襲われないのよ。だから逆に油断せずに注意することが必要ね。
つまり、討伐クエストは敵が居ることが明らな攻勢だけど、護衛は襲われるかどうかが分からない守勢だって点が大きな違いね。」
「なるほど。分かったよ。」
「他に質問がなければ、今日は解散よ。明日朝七時にここで集合ね。」
「よし! お前ら、準備を怠るなよ! 解散!」
最後にジェイスが締めた。
「さてと、ロック、帰って準備でもするか。あ、そうそうフォトラ、フォトラは怒っても美人だぜ。」
そう言ったルビィに向かって、笑顔を浮かべながら手で早く何処かに行けという仕草をするフォトラだった。