第27話 魔法使い!?
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――ロクシーがロックの家を出て行った数日後のことである。
夕食の後片付けが終わって各自好きなことをやっている。キャスティは床でゼロと遊んでおり、ネイはテーブルで本を読んでいる。ロクシーは荷物をまとめて何処かに引っ越したので、狭い僕の家にはもう居ない。
新しい家を見つけたと言っていたが、商売の方も上手くいってれば良いのだけれど。
「ネイ。やっぱり、ジェイス団には魔法使いが居た方が良いのかな?」
レッドブーツには魔法使いが居るらしいので、僕はネイに聞いてみた。
「まぁ、色々な魔法使いが居るから、一概に居た方が良いとも言えないんだけれど。そもそも能力者のあんたは、劣化版の詠唱魔法使いでもあるのよ。覚えてないかも知れないけど。」
ネイは読んでいた本から目を上げて僕の問いに答えた。
以前、ネイから魔法と魔法使いについて解説してもらった。そのとき、能力者は生まれつきの詠唱魔法使いだと言ってた。ネイが教えてくれたから一生懸命覚えたのだ。
「もちろん、覚えているさ。」
「大体ねぇ、魔法使いってのはコミ障なヤツが多いのよ? 自分の周りの世界とか人間関係とか全然興味がないの。まぁ、魔法の修得には人生をかける程の努力が必要だから仕方ないのかも知れないけど。」
話が止まらなくなってきたらしい。ネイの言葉に熱がこもってきた。
「そう、特に編纂魔法使いはひどかったわ。あいつらの興味は編纂魔法しかないの。誰かが作った魔素体の編纂魔法記号群さえ与えとけば、『組み上げ方が美しい~』とか、『この型は再利用性が高い~』とか、『ここは改善の余地がある~』とか、『魔素体コレクションが増えてウハウハだ~』とか言って興奮して、不眠不休でそれを理解したりいじくったりするのに夢中になって、餓死さえするわ。だから、人間としてはまったくのダメダメなの!!」
昔のことでも思い出したのだろうか、最後の言葉はかなり熱がこもっていた。両手の拳も固く握っている。
「でも、ヤツらを旨くそそのかして、ヤツらの興味とこちらの思惑をうまく重ねることができれば、これほど頼りがいのあるヤツは居ないわ。」
少し興奮が冷めた様子のネイ。
「編纂魔法使いって、そんなにダメ人間なのかい?」
苦笑いが顔に浮かぶのを感じながら、僕は聞いた。
「ええ。」「いいえ。」
ネイとキャスティが同時に答えた。
「え!?」
ネイが驚いてキャスティを見た。キャスティはゼロの方を見、ゼロは驚いたネイに顔を向けた。
「キャスティ? あなた編纂魔法使いを知ってるの?」
「うん。」
ゆっくりとネイの方に向き直し、普通に答えるキャスティ。
「じゃあ、編纂魔法使いてダメ人間よね?」
「違う。」
ふてくされた表情のキャスティ。ネイはキャスティとじっと見ている。
「キャスティ? ……あなた、何者?」
キャスティは腕組みをして首をかしげてじっくり考えこんでいる。その間、沈黙の時間が流れた。
キャスティは突如閃いたらしく、一方の手の平を上にし、もう一方の拳でポンっと叩いた。
「厄介者?」
そしてキャスティが僕に向かって言ってきた。
「お世話になってます。」
ぺこりとお辞儀するキャスティ。
「あ、いや、どういたしまして。」
僕はとりあえず対応してみた。そんなやりとりをきっちり待ってくれたネイが、ジト目でキャスティを見ながら言った。
「で? キャスティ、あなた魔法使いなんでしょ?」
「……うん。」
一瞬躊躇した後、素直に答えるキャスティ。
魔法使いだと!? こんなに幼いのに!?
「何よそれ、見かけに依らずってこと? それともあちこち弄ってるとでも言うの?
……まぁ良いわ。」
ネイは一瞬不機嫌な表情を見せたが、すぐに何かを企んでいる笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってて。」
ネイは立ち上がって、例の『誰か私をお宅に住まわせてください』の箱ところに行き、何やらまさぐっている。
あの箱には色々なものが入っているが、今度は何を取り出すのやら。
「キャスティ、あなたこれに興味があるかしら?」
何やら古めかしい本をキャスティに見せるネイ。タイトルは何だろう? その本のタイトルは僕には読めない字で書いてあった。
「そ、それは!」
急に目を輝かせ、それを早くよこせと両手をネイの方に向け、ジタバタするキャスティ。すかさずネイはその本を自分の背後に隠す。そしてちょっと勝ち誇った顔を見せていた。
「おっと。
ただでは見させてあげられないわよ。これを入手するのにずいぶん手間とお金がかかったんだから。」
ネイはその本を、キャスティにちらちらと見せつけている。
傍から見ていると、子供に対して大人げない態度を取っている様にしか見えないな。
「む~。」「あははっ。」
ふてくされるキャスティ。からかっているネイ。
「ねぇキャスティ、私と組まない?
私は色々なことを知りたいのよ。でもこの領域は専門外だから、完全には理解できないの。だから私に教えて頂戴。あなた、この手のヤツをもっと見たいんじゃない? 私はこれから、この手のヤツも蒐集するつもりよ。どう?」
キャスティは腕組みをしてじっくり考えこんでいる。ネイはその返事の行方に確信を持っているみたいだ。そして何かを企んでいる余裕の笑みをその顔に浮かび上がらせている。
「わかった。」
キャスティは答えた。
「よし。契約成立ね。
これまでと同じ様に、衣食住は私とロックが面倒見てあげる。だからあなたは好きなだけ自分の魔法の研究に没頭していいわよ。とりあえずこれは手付金代わりに見せてあげる。」
そういって先ほどの本をキャスティに渡すネイ。宝物をもらったかの様に喜び飛びつくキャスティ。
ネイが先ほど見せた意地悪い対応が無ければ、とても微笑ましい光景なのだが。
「それで、その本は何なんだい?」
「「魔法教典」」
ネイとキャスティが異口同音で答えてくれた。ネイが僕にテーブルから離れろと身振りで指示したので、椅子をキャスティに譲った。ゼロもテーブルの上に陣取った。
そしてネイとキャスティはテーブルの上にその本を広げ、二人でのぞき込みながら、和気あいあいとしゃべり始めた。僕にはまったく理解ができない用語が飛び交っている。ゼロはテーブルの端の方に追いやられていた。
……そして僕は完全に、蚊帳の外に追い出されてしまった。
魔法使いのキャスティをジェイス団に誘うのは、若すぎるから流石に難しいだろうな……。
「ゼロ。寝るにはちょっと早いけど、代わってもらえるかい?」
「にゃ」
よし、今日はとっとと寝よう。
ロック:「ねぇキャスティ。ダメ元で聞いてみるけど冒険者にならないか?」
キャスティ:「無理。」
ロック:「やっぱり危険だし、まだ幼いから無理だよな。」
キャスティ:「違う。働いたら負け。」
ロック:「……。」




